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春の悪戯①~夢見る蝶々

夢見る蝶々

「ちょっとぉー、待ってよー」
 私はあの人の大きな背中に向かって声を掛ける

「もう、歩くの早すぎぃ!」
 あの人は立ち止まり、振り返りながら言う
「あちこち、よそ見をしてるからさぁー、置いていくぞ」

「もう、意地悪」
 彼の腕を掴み、思いっきり身体を寄せて甘えてみる

「よせよ、恥ずかしい」
 あの人はポケットに手を突っ込んだままだ
 私は下から見上げるようにしてあの人の顔を覗く

「いいじゃん、デートなんだから」
 よく見ると彼の顎の下にそり残した髭が2~3本、明後日の方向を向いている

 よぽど慌てて出てきたのね
 いつもはきれいに剃っているのに

 あの人といると、私はHappyにもBlueにもなれる
 逢えるのはうれしい
 でも、離れるのは悲しい

 あの人といると、私は天使にも悪魔にもなれる
 あの人を見守りたい
 でも、少しだけ意地悪したい

 おろしたてのお洋服も可愛い靴も
 あの人に見て欲しいから
 でも、本当に見てほしいのは……

「そんなにじろじろ見るなよ、恥ずかしい」

 私は少し、すねてみる。
「せっかく新しいお洋服着て、可愛い靴を履いてきたのにさぁ、ぜんぜん褒めてくれなんだもの、つまんないわ」
 そうじゃない
 私が見てほしいのは……

「あっ、ああ、いいんじゃない、なんか春っぽくて」

 あの人は鼻の頭を人差し指でこすりながら、視線を逸らす。
「それに、似合っているんじゃない。その髪型」

 私のこと、ちゃんと見ていて欲しい
 あなたの帰りを待つ、あの女ひとよりも

 私はそり残した髭を指でなぞり、あの人の耳元で囁く
「あとで私がきちんと剃ってあげるわね」

 あの人は小さな咳払いをしながら呟く
「しょうがないなぁ」

 私の足取りは軽くなり、あの人を引っ張るようにして街の中へと消えていく

 春の悪戯
 夢見心地のアゲハチョウ
 恋に恋する乙女心は
 うたかたに舞い
 ひらりひらひら花びらの
 地に落ち朽ちて果てるとも
 狂い咲いて夢一夜
 思いを遂げて、なお狂わしい


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