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降霊の箱庭 ~第十一話~

<前話>








昨晩、一週間の休校を知らせるメッセージが、全校生徒の連絡網に届いた。

時間に余裕ができたと考えるべきか、一刻の猶予もないと考えるべきか。
ともかく達季たつきれんとまどかは、校外で集合して話を進めることにした。昨日の朝のうちに連絡先を交換しておいて本当によかった、と達季は思う。
目的は、上島うえじま文美ふみ鈴木すずきゆうから、こっくりさんをした当時の状況を詳しく聞くこと。
文美と達季は、これまた連絡先を交換してある。ゆうには文美が話を通してくれたようだ。待ち合わせ場所は、彼女らが住んでいる新興住宅街に程近い公園と決めた。


「あれ?」
昼過ぎ。目的地の公園まであと少しというところまで差し掛かった達季は、ふと乗ってきた自転車を止めた。
公園の死角、完全に見えない位置に停められた自動車から、まどかが降りてきたのだ。
達季は車に詳しくない。だが彼女を降ろして去っていくそれは、誰が見ても分かるほどの高級車だった。艶のある黒塗りに、ボンネットに取り付けられたエンブレム、静かな発進音。
まどかは歩き出して、その先の達季と目が合い、何故かギョッとした。お互いぎこちない挨拶を交わす。
それから達季は思ったままを問うた。
「あの……倉闇くらやみ先輩のお家は、お金持ちなんですか?」
「……まあ、そうだね」
まどかはどこか気まずそうに。
「祖父が会社をおこして、父が受け継いだ。聞いたことないかね? この県にいくつか工場があるのだけど」
彼女が言った会社名は、確かに県内では有名なものだった。それこそテレビのコマーシャルや、広告の協賛企業の欄で、誰もが見たことのあるような。
いや、たとえそうでなくとも達季は知っていた。
「実はですね」
ああ世界はなんと狭いのだろう。
「僕の父が、その会社の工場で働いてます」
「…………」
まどかは思いっ切り渋い顔になった。
「こういうことがあるから見られたくなかったんだよ……自分で行くからいいと言ったのに、お爺様じいさまと使用人が聞かなくて……」

まどかの尊大な態度と口調、育ちの良さが滲み出る所作に、合点がてんがいった。
何となく無言で立ち尽くす二人の間に、
「達季、委員長、やっほ~」
チリンチリンという涼やかなベルの音と共に、蓮がマウンテンバイクでやって来た。




程なくして、ゆう以外の全員が集合した。
「外に出たくない、ってゆうが言いましてね。代わりに家に上げてくれることになりましたが」
文美が申し訳なさそうに説明した。
どれもこれも綺麗な家が並ぶ住宅街の中を、一同は歩いていく。途中、市川いちかわ奈々絵ななえの家の横を通過したが、外見には特に何の異常もなかった。
もちろん、中に住んでいる家族は、平常とはいかないのだろうが。

さらに文美の家を通過し、ゆうの家に至る。
チャイムを押して、しばし。鍵が外れる音の後、ゆっくりと玄関扉が開いた。
全員息を呑む。隙間からそっと顔を覗かせたのは、血の気の失せた肌と濃いくまをした少女だった。髪も衣服も明らかに手入れが行き届いていない。
彼女が、鈴木ゆう。蓮とまどかはもちろんのこと、達季も初めて顔を見ることになる。
「文美ちゃん……」
「ゆう!」
文美が特にショックを受けていた。どうやら彼女も、ゆうと顔を合わせるのは久し振りで、その外見と雰囲気の変貌ぶりに驚いているようだった。
「こんなに細くなって……ちゃんと食べてないの?」
「うん。何を食べても、気持ち悪くなっちゃうから……」
心身共に追い詰められていることが、ありありと伝わってくる。
「えっと、あの……今日は……」
そこでようやくゆうはこちらに目を向けた。眼鏡の奥の瞳が不安げに揺らいで、すぐそらされる。明らかに人見知りと緊張のそれだ。
「上がっていいんだよね?」
「あ、うん……どうぞ」
らちかないと思ったのか、文美が主導権を握った。


ゆうの両親は共働きなのだという。こんなにも弱っている娘さんを置いていくのはさぞ心配だろうな、と達季は思う。
案内されたゆうの部屋の状態を見て、またもや全員言葉を失った。
クローゼット、学習机の引き出し、とにかくありとあらゆる「隙間」がガムテープで塞がれていた。特に窓は顕著で、閉ざされたカーテンの上から幾重いくえにもテープが貼られている。
「何かが覗くんです」
お茶と菓子類を持ってきたゆうは、言った。
「最初は、ただ視線を感じるだけでした。でも最近は不気味な白い顔が覗くんです。窓はしっかり閉じておかないと、勝手に開いたカーテンの隙間から、顔が……。布団からも出てくるので、もうずっとちゃんと眠れていません」
今にも倒れそうなゆうに話を聞くのは申し訳ないが、しかしだからといってこのチャンスを逃すわけにもいかない。全員で軽く自己紹介をした後、いよいよ文美とゆうが、『こっくりさん事件』の発端となる日のことを語り始めた。




こっくりさんをやろうと言い出した奈々絵。
目的は、間宮まみや颯志そうしへの恋に脈があるかを確かめること。
文美は半信半疑で、ゆうはおそるおそる、従った。
空き教室に陣取り、降霊会を開始。
何事もなく進んでいた儀式は、しかし友情に関する質問に『いいえ』が返ってきた時からおかしくなった。こっくりさんは帰ってくれず、デタラメな動きを繰り返す。そのうち三人の爪が超常的な力で剥がされ、無理に指を離した奈々絵は倒れ、もがき苦しんで死んだ。




「わたしが……悪かったのかな……」
文美と交互に語り終えた後。ゆうはぽつりと呟いた。
「ちょっと、何でそうなるの!」
「わたしが、『これからもみんな親友でいられますか』なんて訊いたから……」
とがめる文美に、ゆうは。
「怖かったの。中学生になってから、奈々絵ちゃんはこれまで以上に可愛くなって、文美ちゃんは今までどおり賢くて、みんなにも信頼されてて。わたしだけ何も持ってなくて、二人が遠くに行っちゃうような気がして……う、羨ましかったの」
語る声に涙が混じる。
「二人をねたむ気持ちが、きっと伝わったんだよ。だから不誠実じゃないことに怒って、こっくりさんが暴走しちゃったんだ。あんな質問しなきゃよかった……!」
ごめん。ごめんね、奈々絵ちゃん。
ゆうはもうここにはいない友人に向けて叫び、泣き伏した。
「…………」
どう慰めようにも言葉の出ない達季。それに達季は、昨日の教室での騒動を通して、奈々絵の「裏の顔」を知っている。


「不誠実じゃなかったのは、私も奈々絵も同じだよ」
そこに切り込んだのは、文美だった。
「落ち着いて聞いて。奈々絵はね、間宮君のことが好きな他の女子に、嫌がらせをしてたんだ」
「……え?」
「そして私は、そのことを知ってた・・・・・・・・・
「!?」


衝撃の発言だった。ゆうはもちろん、達季も蓮もまどかも驚いた。
見過ごせない。それはいじめの容認ではないか。
「見たんだ、私。奈々絵が手紙みたいなものを、他の子の机に入れてるとこ。その時は何だか分からなかったけど、次の日に騒ぎになってるのを見て、気付いた」
文美は床に目を落とし、淡々という。
「ビックリしたね。確かに奈々絵は我儘わがままな感じがあったけど、あんな真似までするなんて思わなかった。ほら、中学生になってからあの子、派手な先輩とも付き合いがあったでしょ? そこで何か吹き込まれたのかもね」
「な、なんで……」
思わず泣くのも忘れたゆうが、問う。
「奈々絵ちゃんに何も言わなかったの? 文美ちゃんはそういうの、ちゃんと注意できるタイプでしょ?」
「ゆうは私のこと、過信してる」
ゆうの言葉に、文美は苦しそうな悲しそうな笑みを浮かべた。
「私も同じ。注意することで、奈々絵との友情がなくなるのが怖かった。今日言おう、明日言おうって先送りしてる間に、こっくりさんをやろうって話が持ち上がってね」
「…………」
「痛い目見ろ、って正直思ってた。こっくりさんで悪い結果が出て、ちょっとくらい落ち込めばいいんだって。ほら、同じでしょ? 私も後ろ暗いこと考えてたんだから。何も知らずに呑気だったのは奈々絵だけ」
文美の目にも、うっすら涙が浮かんでいた。
「三人のうち誰かが違う行動をしてれば、こんなことにもならなかったのに」
「文美ちゃん……」
「馬鹿だよねぇ……私たち全員、みんな馬鹿だよ」
「文美ちゃん……!」

揃って右手の人差し指に包帯を巻いた二人は、抱き合って泣いた。


「言いたいことがあるなら言えばいいんだよ」
その様子を少し離れたところから見つつ、蓮が小声で呟いた。
「悪いことを悪いと言えるのが、ちゃんと本音を言えるのが、友達ダチだろ。お互いの顔色窺いながらなんて、苦しいに決まってる」
「それは強い者の意見だよ」
聞いたまどかが静かに反論する。
「皆が皆、君みたいに自由じゃないんだ。特に女子の交友関係は複雑だからね。それに、ずっと築いてきた仲が壊れるというのは、家族を失うのと同じくらい怖いことなんだよ」
「…………」
達季はやはり何も言えないまま、嗚咽おえつが響く空間に座っていた。






<次話>


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