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降霊の箱庭 ~第七話~

<前話>


「え? 分かること、ですか?」
まどかの問い掛けに、達季たつきは必死で頭を回す。
「そうですね……この学校のこっくりさんは、人の願い、つまり呪殺を引き受けられるくらい強力だったとか?」
「そうだね、その通り」
幸いにもまどかの合格をもらえる回答だったようだ。
「三つほど考えられる説があって、一つはまさに一並ひとなみ君が言ったものだよ。だが確率の低い説でもある。
今更語るべくもないが、『こっくりさん』とは固有の霊を指す言葉ではない。漢字で書くと『狐狗狸こっくりさん』となる通り、動物霊が呼び出されることもある。低級の浮遊霊が出てくることも、子どもの霊の場合もある。それら呼び出されたものを総称して『こっくりさん』としているわけだね。しかしこれら霊に、呪殺を引き受ける力があるとは、私は思えない」
「え、そうっスかね?」
疑問を呈したのはれんだ。
「何かよくあるじゃないっスか。狐をいじめたら祟られたとか、霊に呪い殺されたとか」
「それはその霊が単独で行っているものだよ」
ちらと目をやり、まどかは続ける。
「人間に対する怨み、現世に残した思いが強ければ、それらは悪霊として祟る力を持つよ。でもそれはあくまで霊が霊自身の意思で行っているものだ。君が昨日目にしたものは違うだろう? そう、人を呪えと命令した者・・・・・がいたんだ。さっきも言ったがこっくりさんは低級霊がほとんどだから、『呼び出した者の意図を汲む』『指定された相手を呪う』なんて高度な真似はできないんだよ。いくら最高峰の統率者がいたって、幼稚園児ができることには限界がある、それと同じことだね」


少し分かってきた。
要するに「霊にもそれなりの才能が必要」ということなのだろう。弱小の霊はそもそも命令を遂行する力がないわけだ。もちろん力のある霊を呼び出せればよいが、こっくりさんを行ったのは単なる中学生。そのような強力な存在を引き当てて命令できるとは、到底思えなかった。


「一並君は物分かりがいいね。優秀な聞き手で助かるよ」
考えを述べると、まどかは満足げに頷いた。
「えっと今、何で一瞬俺のこと見たんです?」
ツッコミを入れる蓮は無視された。
「考えられる説の二つ目は、召喚者ないし術者が優秀であったこと。しかしこれも確立としては低い。
霊や動物を使役するといえば、呪術師や陰陽師おんみょうじが挙げられるね。卓越した技術と、揺るがぬ精神が求められる職業だ。彼らの手にかかれば、そこいらの霊を捕まえて屈服させ、自らの手足として使役するのは容易だけれど。そんな芸当ができる中学生は、こんな普通の学校に通っちゃいないよ。他には……」
まどかは達季と蓮を見る。
「君たちは『憑物筋つきものすじ』という言葉を聞いたことはあるかね?」
男子二人は同時に首を振った。
「『憑物』と呼ばれる使役霊を代々受け継ぐ家系のことだよ。『狐神きつねがみ』や『狗神いぬがみ』などが代表的だから、こっくりさんとは一見符合しているようにも思える。おまけにそれら憑物は、あるじの怒りや憎しみを察知して、相手に災いを為す」
「じ、じゃあそれが今回の……」
「まあ聞きたまえ。符合しているようだが、これは今回の件ではあり得ないんだよ。昨日のその、せきという生徒は男子なんだろう? 憑物は基本的に血族の女性が受け継ぐんだよ。よしんば彼が憑物を持っていたとしても、それならこっくりさんなんて回りくどいことをせずに、直接命令して襲わせればいい。
……それに、憑物筋はその性質故に、社会集団から忌み嫌われることが多い。だから秘密にするし、安易な感情で憑物を暴走させないよう、主は厳しく教育される。分かるね? もし関が憑物の危険を知っているならば、余計に学校で堂々と使うはずがないんだよ」


有力な説に思えたが、しかしまどかの説明によるとどうも違うようだ。
困った。この学校で呼び出されたこっくりさんがどういうものなのか、姿が全く見えてこない。そしてこうして達季たちが足踏みしている間にも、こっくりさんは生徒間に広がり、その心と日常をむしばんでいくのだ。
これはもう、最後の説に賭けるしかなかった。


「最後は……呼び出されたこっくりさんと術者が、共鳴した説だ」
まどかは言った。
「幸か不幸か、偶然か必然か、呼んだ者と呼ばれたモノの方向性が合致した。これが最も有力な説だろうね。
割垣わるがき君の話を聞くに、関はその遠藤えんどうという生徒に深い怨みを抱いていたようだ。そして関の呼び出しに応じたこっくりさんの正体も、現世に何か怨恨えんこんを残した霊だったとしたら? そこには目的の一致が発生する。魂が共鳴することで、疑似的な主従関係や協力関係を築くこともできるだろう。だからこそ呼び出された存在は関の願いを受け入れ、飛んで行って、遠藤を呪い殺した。……話の筋は通るはずだよ」
だが、と続けるまどかの顔は、非常に渋いものだった。
「だが現世に怨みを残して死んだ霊など、いくらだっている。生霊いきりょう、という説だってあり得るだろう。数多の霊の中から原因となる存在を絞り込むのも、何故トリガーがこっくりさんだったのか理由を探るのも、不可能に近いよ」
「…………」

結局、話は振り出しに戻ってしまった。
全員押し黙る。やはりこっくりさんなどという超常の存在は、一筋縄ではいかない。
何より問題なのが、ここで議論されているのは「関が遠藤を呪殺した件」だということ。その前の件、この『こっくりさん騒動』の発端となる市川いちかわ奈々絵ななえの死については、何一つ明らかになっていない。前者と後者の繋がりも分からない。
「先生はどうです?」
重苦しい沈黙を打破するように、達季は問う。
「少しでも何か、知ってることとか……」
「知ってるよ」
自身で宣言した通り、空気のように黙って話を聞いていた神山みわやま冴雪さゆきは、問い掛けに対しただ端的に答えた。
「やっぱりそうですよね……」
諦めの空気が漂いかけて、


「え?」
「あ?」
「は?」
達季と蓮とまどか、それぞれの間抜けな声が重なった。


「だから知ってるってば、その『こっくりさん』の正体」
神山みわやまは微妙な表情を浮かべていた。
その表情の正体が、達季には分からない。
――怒り? 悲しみ? 皮肉? 懐古?
とにかく、様々な感情を入り混ぜた顔の神山みわやまは、今までもたれていた壁から背を離して言った。
「ここね、アタシの母校なんだ」
遠い目だ。
「一年生の時。同学年の男子生徒が、不審な死を遂げた。掃除用具入れの中で、パニックからの心臓発作で死んだんだ。後々の調べで、彼は不良たちの手で閉じ込められたのだと判明。新聞やニュースで、凄惨ないじめ事件として大いに取り沙汰されたものさ。掃除用具入れの扉は外からテープで止められ、決して出られないようになってた、ってね」
しかしその口調は淡々と、まるで他人事のように。
「ほんと、何の冗談だって感じだよ。市川サンと関クンがこっくりさんをしたあの空き教室で、その男子生徒は死んだんだから」
神山みわやまは。






「彼の名は、古栗こくり俊一しゅんいち。『こっくりさん』とあだ名されていた生徒だよ」






達季は思い出した。
今朝方に見た夢。
狭く冷たく暗い場所に閉じ込められ、出してと必死に叫んでいた夢。


あれは…………。






<次話>


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