見出し画像

「自分になりたい」って事。

精神的な話。で言えば
私の場合は……半島?辺境?で育ってきたようなもんかなぁ。


メンタリスト 彩 -sai-(@psychicsorcerer)です。

今回は初の試み。
クリエイターさんの記事紹介です。


今回ご紹介する記事を書かれたクリエイターさんはこちらの方、

「だいふり研究所」さん↓

だいふりさん(普段こう呼びかけてます)は、

いつも、考えさせられる内容を、感覚的な部分を落とさずに書かれていて、感心させられています。

また、note含め様々なSNSを一つの世界観にまとめあげられてるのもすごい……。

ファンです。


そんなだいふりさんによる、ご紹介したい記事こんな記事がこちらです。
 ↓ ↓ ↓

「特別」について、大陸と島のたとえで書いていらっしゃる記事なんですが……

読んだ瞬間に、何だかいい意味で引っかかるところがあって……。

ご紹介記事書かせてほしいとコメントしてしまいました!


だいふりさんは、自分は中学生まで周りに対する共感や理解ができない存在、いわば「無人島」で生まれたような存在だったとおっしゃっています。

そして、中学後半に「大陸」に渡ると決めて、周りの多数派(感覚が合っているもの同士の集まり)の言動に適応しようとしたそうです。


私自身、無人島感覚、つまり大陸から孤立した感覚は、物心ついたときからずーっとありました。

(なので、だいふりさんの文章に共感できる箇所多数。)

でも、そんな感覚が自分にがっつり組み込まれたままなのに、同時に、「大陸が全て」「大陸に適応せよ」と強制される感覚も持っていました。

自分の感覚があるはずなのに……「スタンダード」を意識し続けなければ生きていけないぞ、と感覚を抑圧もしていました。

だから、だいふりさんのたとえを引き継げば、私は「半島感覚」をずっと(高校卒業ぐらいまでかな)持って生きてきたといえるかな、と。

(これは「辺境感覚」と言い換えてもいいかもしれません。)

だいふりさんが大学生で、「大陸人」になれていたのにどこか苦しい、と思っていたという感覚は、私のそれととても近いのかなと思っています。

これは、大陸と接し続けて意識し続ける日々の中で、「なんか違う、なんか違うんだ」と思わされる感覚で。

もっといえば、「ここにはどこにも自分(らしさ)がいないぞ」って感覚でした。


……と、ここでふと思いついた話を。

「孤立している」ことをあらわす英語isolatedは、island(島)から来ているようです。

だから、だいふりさんが島のたとえを出されたのって、ホント的確だなぁと思うんです。

そもそも孤立って、(善悪抜きで見たら)資質だと思うんですよね。

自然と孤立してしまう人がいたら、それは資質から来るものだし。

「自分は周りとは違うんだ」と思ってあえて孤立する道に進んだ人がいたら、それはまた資質です。

だって、「自分は周りとは違うんだ」という意識は多くの人が持ってはいるけど、それで実際に進むという道に進めるかというと、多くの人はそれはできないから。

孤立は孤独と重なったりして、「周りに違和感をおぼえる」ところから「周りと違う行動をしている」ところまで、辛さがつきまとうんだけど……

それでも、「自分であることを裏切れない」感覚が抜けないことが、孤立(→島化願望)なのかなと思います。


だいふりさんは、特別について次のように書かれています。

"特別"には3種類あるとおもってて
・大陸の中で特別。(←まじ強い)
・無人島。(←仕方なく1人)
・特殊な島。(←天才)

ここから私が思うことは、この3つの特別があった上で、無人島や特殊な島の特別も「まじ強い」になる時もあるということ。

それは、大陸という「スタンダード」に関わる機会を持てて、そこに革新をもたらした時だと思うんですよね。

たとえ長年大陸に関わることなく無人島だった人も、そこで培った(ガラパゴスしてた)ものが、大陸にとって「すごい」となる機会はあると思います。

(まあ、そもそも革新をもたらしたいか否かは、島の気質によると思うけど……。それでも大陸向けに加工すれば、独自性は強みですよ。)


私自身は、大陸に関わる半島の人として、大陸とは違う己のアイデンティティを(高校卒業後から)探す日々でした。

それは、今言った強みを自分の中から発見する日々ともつながっていました。

その作業は孤独ではあるけど、「自分になりたい」という方向に進むものだったから、それまでの「大陸が全て」という強制からの解放も感じ、とてもホッとすることでもありました。


「今まで無数に自分の個性を否定されてきたから、自分を出したら嫌われるという固定観念が強い」

だいふりさんはそう書かれているけど、半島の私もそうでした。

それでもきっと今は、個性は強みだから、そして、嫌われるのは3種類の特別のどれも認めないという態度のことだから、自分だけはそれが強みかどうかはわからなくても認めなきゃって思うんです。

特別がかわいそうだよって。

結局、自分であることは裏切れないんだなぁ。


だいふりさんの記事と絡めて自分の感覚をたくさん書かせていただきました!

きっとこの感覚に発する記事はこれからも書くと思います。

今回の記事を書くきっかけとなっただいふりさんには、ホントにホントに感謝です!

そして、読んでくださった皆様ありがとうございます!


この記事が参加している募集

note感想文

スキしてみて

こちらの記事に何か価値を感じたら、サポートをお願いします。 これからのメンタリストとしての活動に活かしていきます!