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マックで学んだ「バリュー」

東京・横浜の桜が満開になった2週間前、ボートをレンタルして川からお花見をしました。年に一度か二度だけ下車するボートステーションのある駅で、見覚えのある顔が。学生時代、マクドナルドでバイトしていた時の先輩が通り過ぎていきました。絶対そうだよね?と思ったけれど、声はかけられませんでした。

だからというわけではないけれど、帰りに駅のマックに寄ってひと休み。

私の人生初めての職業体験がマクドナルドでした。浪人が決まって高校を卒業してすぐ、夏前まで働いて1年分のお小遣いを稼ぎたかったのに、どこも短期ではだめ。人手不足で困っていたマックだけが雇ってくれたのでした。

「スマイル¥0」がメニューにあった当時、カウンターパーソンがまず教えられるキャッチフレーズは、「スマイル&ハッスル」、笑顔で元気に☆ 硬派で内弁慶、ニコニコなんてしていなかったし、当時の男の子の流行だったヘアスタイルより短いベリーショートヘアで、自分でもマックのお姉さんは「キャラじゃない」と思いました。
どころが、これが私の性分にぴったりだったのでした。ユニフォームの違うお客様係まで昇進しました。

そして、働く上で大切なことを学びました。

「機械的だ」と悪く言われがちだったマックのカウンターパーソン。その通り。AIがなかった当時、まずはどこのお店で誰が対応しても同じ、「速くて、正確で、その上、元気で笑顔で感じのよい」品質の接客を保証する、ある意味で発明だったのではないかと思います。この「機械的な」基本の接客を身に着けたら、その上にアドリブ的な+αのサービスと乗せて、サービスの質を上げられるわけです。

“人間AI”時代のマックでは、マネージャーが来店客の動向を見て注文を推測し、厨房にオーダーを入れてバーガー類を作りました。これはカンでしかなく、デキるマネージャーはあまり廃棄を出しませんでした。彼らも客層などで注文を予測する“機能”を身に着けていたわけです。
提供できるのは確か10分間。出来上がると、提供できるタイムリミットの時計の数字の札をつけて、バーガー類の保温陳列棚へ。(たとえば、15:00に上がったら、リミット時刻の15:10の分針がある「2」の札をつける)残り時間5分を切ると、札の向きを変えて赤い数字にしました。そして、その時間になると、売れなかった商品は廃棄されました。

陳列棚に自分が受けた注文の商品がなければ、カウンターパーソンはマネージャーに「1(ワン)チーズ プリーズ!」というようにオーダーします(チーズバーガーは「チーズ」、ハンバーガーは「レギュラー」、ビッグマックは「マック」などの呼称を覚えました)。 
ストックを切らしていてお会計までに上がらない場合は、「ウェイト」としてお待ちいただくことになりました。

カウンターでは、注文を受け、復唱しながら必要なストローなどのコンディメントを出し、「少々お待ちくださいませ」の後、ドリンク類、バーガー類、ポテトの順でトレーに取り揃えるのが基本。でも、油断するとあるはずだったバーガー類がなくなってしまうことも。だから、数の多い注文が入った場合などには特に、注文を受けたらすかさず「4レギュラー出ます!(意訳:ハンバーガー4つは私が確保、周りの人取らないで!)」などと宣言。そうすれば、マネージャーの厨房へのオーダーのコントロールもスムーズになりました。

せっかちで早口、威勢がよく、効率的なことが好きで負けず嫌い、周りを見るのが習性の私は、流れるようにスムーズに商品を提供できることが得意で、楽しくて好きでした。

無事大学生になって元いた店に戻った私は、ほどなく接客スタッフランクがいちばん上のAランクに。その少し後、「売り上げの低い店をいくつも立て直したやり手」という噂の店長がやってきました。噂通り、来て早々大規模な店舗改装。スタッフの組織改編も断行され、私はお客様係を拝命しました。
そして、サービスの「+α」を叩き込まれたのです。

やり手の店長は組織運営も巧みで、悔しがらせると頑張ると見抜かれた私は、かなり鍛えられました。その中で印象的な教えが2つあります。

「ファストフードのマクドナルドが提供しているのは、『ファスト』であること。お客様は時間がかからないことを期待して来ているのに待たせるのは、マクドナルドの提供するべき価値を提供できていないということだろ。ウェイト(待っていただく)になったら、『作るのに時間がかかりますけどよろしいですか~?』じゃないんだよ、『申し訳ございません。お待ちいただけますか』なんだよ」。

それ以来、「オーダーしてからつくるモスよりおいしくない」と言われても、「その分速いことが価値なのだ」とそこにプライドをもって、待たせることでマイナスをつくらないように努めました。

バーガー+ドリンクならポテトをつけるとだいぶお得な「バリューセット」がスタートした時代。「マクドナルドは、バリューです。」というキャッチコピーが大々的に使われて、お客さんに「名前をバリューに変えるの?」と聞かれたほどでした。会社として、「マクドナルドの価値」を問い直していたのかもしれません。
当時マックが重視した「速さ」「安さ」という価値は、「タイパ」「コスパ」と言われる今と、あまり変わらないようにも思えます。

でもそれだけではなく。
100円マック(ハンバーガー100円キャンペーン)のとき、店長が私を試すように聞きました。
「もし、小さい子が100円をひとつ持って買いに来たらどうする?」
幼い女の子が100円玉を握りしめてお店に行き、ハンバーガーをひとつ買ってにっこり、というテレビCMが流れていました。当時、消費税3%。答えに迷うと、
「100円で売るんだよ」。
もし本当にそれがあったとして、3円不足のレジのお金が合わなかったらどうなったのかはわかりませんが、お客さんに満足してもらい、会社としてファンの心をつかむサービスの価値も大切に考えられていたと言えると思います。
 

 
この「なるほど」が、私が社会に出て仕事をする上での自分が提供するべき、期待されている「価値」は何なのかを考える基礎になっています。そして、サービスを提供する立場とは反対に、自分がお金を払うとき、「このサービスの対価として払う価値があるか?」と考えてお店や商品を選びます。

辞めてからずいぶん経って、注文後バーガー類をつくるシステムに変わったとき、だいぶ驚きました。フードロスの観点から、必要な改善。でも、お待ちいただくことに対して「恐れ入ります」もないの…? お会計を済ませたら列の最後尾を差して「あちらへ」と、スマイルもハッスルもなく指示を出されるような応対は、いつもなんだか悲しくなりました。

そしてモバイルオーダーが始まり、とうとう、一昨年の英国旅行で見て「日本もこうなるのか…」と思っていたセルフオーダー端末システムも導入されて、カウンターパーソンが消えていっています。モバイルオーダーは客にとってタイパがいいし、セルフオーダー端末は正確で、人件費的なコスパもよいのでしょう。
この日、セルフオーダー端末をマックで初めて利用しました。100円玉ひとつを握りしめてきた子に税込103円の100円マックを渡したような+αのサービスは、ここにはありません。

数百年前の人々と同じように、たくさんの令和の人々が満開の桜を愛でていた日。変わっていくものと、変わらないものと。
最近取材した人工知能研究家は「なんでもできるAIに、何を『させないか』が重要。その英断が企業のトップにはその覚悟が必要になる」と言っています。

私たちが何に価値を置くのかも問われているのでしょう。


2022年の渡英で見たマックのセルフオーダー端末。
このときはまだ日本で見たことはありませんでした。

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