変化する町並みと季節を感じながら
待ちわびた春が訪れてようやくのんびりと散歩が出来るぞ、と思いながら全然散歩に出かけないまま3月の終わりが近づいてきた。
基本的に用事が無ければ外に出ない人間であるため、久しく外に出ていないと服を着替えて外に出るたったこれだけの事でも億劫になってしまう。運動もせず、ただひたすら家の中でカロリーを摂取しては様々な趣味への活動エネルギーへと変換するだけの毎日。
さすがにずっと家の中にいたままだと運動不足にも程があると思い、重い腰を上げて服を着替えようやく散歩に出かけた。たった1回の散歩でこれまでの運動不足をどれほど取り戻せるのだろうか、なんて密かに考えながら最初の1歩を踏み出す。久しぶりに玄関を開けると、もう夕方だというのに力強くて眩しいオレンジ色の光が視界に満ちる。
日没の時間が遅くなり明るさを取り戻している夕方に触れ、生暖かくもどこかひんやりとした風を頬に受けると、ほんの数か月前まで暗い中凍えながらも外に出ていた冬が終わり新たな季節が訪れたことを実感する。
なんてちょっとエモい感じを醸し出してみたけれど季節の変化は3月の上旬頃から感じていたし、お昼くらいにちょっと外を歩けば体が火照るくらいの気温に包まれて久しぶりに暑いという感情を抱くこともあった。
それでも冬と春の夕方は全然違くて、強い風でバシバシと頬を攻撃してくる冬よりも優しくて柔らかいシャボン玉みたいにホワホワしてる春の方が断然好きだ。
いつも散歩に使う道は大体2種類で、東に向かう道か西に向かう道。あとはちょっと脇道に逸れてみたり、敢えて通ったことのない場所を選んでみたりしながらどこを進むか選んでいく。
ここ最近は毎回同じ道で散歩をしている。お気に入りの川がありつつ、風に吹かれる葉っぱの音色を楽しむことの出来る道。それに何回も歩いているから1回の散歩にどれくらいの時間がかかるか大体理解しているし、もう少し長く歩いてみたくなっても冒険をしてみればいいだけだから構えることなくリラックスして歩ける。
家を出発して少し歩くと見えてくるはずの葉っぱたちが淡いピンクに染まって風と踊っている。そうか、もうそういう季節なのか、と季節の変化を教えてくれる鮮やかな踊りについつい引き込まれておもむろにカメラを向けた。耳の中に届けられる言葉を理解するのは一旦止めて、目の前の踊りを堪能する。季節の変化は美しいものだ。
踊る葉っぱたちをしばらく堪能したら、せき止めていた言葉たちを受け入れるために少しずつ理解の栓を緩める。どのような会話の流れが存在していたのか記憶を探りつつ、突然届けられる言葉に笑みをこぼしたり不思議な内容に頭をひねりながら再び歩み始める。
近くを通る車が轟かせる音に嫌気が差し、ここらで一旦静かな場所を求めて脇道に逸れる。飼われているであろうネコに手を振ったり、たまに会う野良ネコとにらめっこをしたりして、誰にも邪魔されない幸せなひと時を過ごす。
ネコは人の顔を覚えるのだろうか。いつか私の顔を覚えてくれる日が来るのだろうか。ただ覚えられたら覚えられたで飼うことができないから厄介ではある。とはいえネコへの挨拶もせずに道を通るのはいかがなものだろうか。仲良くなれなくても挨拶だけはしておこう。
なんて考えながら歩いていたら、何かがおかしいことに気付いた。
道はある、ネコもいる、家も変わらず立ち並んでいる。何も変わっていないはずなのに、何かがおかしい。何かが足りない。何が足りないのかもう一度考える。道があって、ネコがいて、家が建っている。ああ、そうか。
家が無いからだ。
違和感の正体はぽっかりと空いた空間で、前まで確かにあったはずの家はきれいさっぱり無くなっている。代わりにそこにあるのは、重そうなわりに空いた空間を埋めるには全く足りない数台の重機ばかり。あの重機たちが家を取り壊したのだろうかと考えると、どこか憎い。いや、外に出るのを渋っていた自分が憎い。
いつまでも変わらずにそこに在るものだとずっと思っていた。初めて通った時から変わらずそこに在ったし、他の家も変わらず存在していたからこれからもあり続けるものだと思っていた。けど、そんなことはなかった。
特にその無くなった家は恐らく大分昔に建てられたであろう木造建築のものだったし、他の家が現代様式のものに建て替わっていくのを見届けてきたことだろう。
でもいつの間にか無くなっていた。家主の方と何かの繋がりがあったわけではないし、一方的に見ていただけだけど、そこに在ったものが突然無くなるのはとても悲しい。これから先、ここの空いた空間を何が埋めるのかは分からないけれど、町並みはこうして変わっていくのかもしれない。
喧騒から逃れるために入った脇道で思いがけない変化を目にすることとなった。これからは新に変化していく様子を見ることになるのだ。とはいえそこに新しい何かが建つのか、それともただコンクリートを流し込んで駐車場にでもするのか、あるいは更地のままにしておくのか、まだ何も分からない。
散歩をしていたからこそ、普段なら気にも留めないような変化に触れることが出来た。それに季節が変わる様も目撃出来た。これだから散歩は止められない。
脇道を抜けた先にはお気に入りの川が流れている。
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