簡易喫煙ブース
一仕事終えるとそこへ向かうのがルーティン化している。
決まった休憩時間はなく、仕事の目処が立った時に行くので10人も入れないブース内も今はわたしひとりだ。
加熱式タバコを吸い込みゆっくり紫煙を燻らせる
『女なんだからタバコ辞めたら?』
まさに再三再四。耳に胼胝だ。
正直禁煙はしようと思えばできるだろう。
以前交際していた相手が非喫煙者であり辞めてほしいと言われ事実禁煙していたのだ。
4年の交際を経てお別れから数ヶ月経ってまた吸い始めたが。
タバコを吸うことには理由がいくつかある
喫煙ブースでは普段接することの少ない社員とコミュニケーションが取れるのもひとつだ。
何気ない会話からクライアントの現状や好みなど「入れといて損はない」情報が収集できる。
ミーティングでは聞き得ない、こういった会話は案外重要だと思っている。
この考えを話した友人には「仕事への考え方が男性に近いね」なんて言われたものだ。
仕事に男も女もないだろうと思う反面、否定できない部分もあるので苦笑いしかできない。
そして最近また理由が追加された
「あ、おつかれさまです」
ブースに入ってきたこの男だ。
同じ会社に勤務といっても他部署で関わりが殆どない。
顔と名前が一致しない、そんな人間は山ほどいてこの男もそのひとりだった。
「どうです?結婚する気になりました?」
紙巻タバコに火を灯しながら”いつものように”そう言い放った。
しないです、と、いつもと同じ返事を返すと「そうですか」とケタケタと戯けて見せる男。
彼はわたしより2歳ほど年上だが、中途採用で入社した為一応先輩にあたるわたしには敬語を使う。
この男と初めて会話したのもこの簡易喫煙ブースだった
タバコを吸っているとじっとわたしの顔を凝視し「あの、結婚しません?」と言い放ったのだ。
その時わたしは会話もしたことがない、どんな性格なのかもわからない、彼に関する情報は皆無だった。
冗談だろうと察し「なんですか?わたしのこと好きなんですか?」と笑いながら返した。
わたしなりに空気を和らげようとした発言だった。
「いや、好きじゃないです。だってなにも知らないし」
なんだそれ、いや、それはそうか。
思わず気持ちそのまま言葉に出してしまった。
笑わずにはいられなかった。
「ただ、僕たち…結婚すると思いますよ」
片口角を上げ、フィルタギリギリになったタバコを押し消し「今度飲みにいきましょう」わたしの答えを聞かず喫煙ブースを出て行った。
それから、喫煙ブースで会う度この会話が繰り返されている
まるで挨拶かのように。
一連の流れが終わると普通に仕事の話をする
彼の真意などわからないが、面白い人だと、まんまとわたしの中にインプットされた。
今度喫煙ブースで会ったらわたしから飲みに誘ってみようかと思う
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