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働きたい夫と、働かせたい会社と、働いて欲しい社会があるにも関わらず、働けなかった夫の話

「はたらくってなんだろう」

脳腫瘍を患い、その後、高次脳機能障害をかかえ、会社を退職し、この世を去った夫を見ながら、幾度となく思った。

脳腫瘍を患った、と書くと重大な病のように感じるかもしれない。
ある日突然てんかん発作を起こして倒れた時には、すでに5cmくらいの巨大な腫瘍が頭の中にあった。ただ彼は腫瘍のタイプが良かったからか、当時の医師の技術レベルが高かったからか、色々な奇跡が重なり、身体的な後遺症は全くないままに退院した。
何度か再発はしたが頭以外は健康に、最初の手術から20年近くを生きることが出来た。

手術後、どれくらい健康だったかというと、風邪もひかない、自転車もマウンテンバイク好き、テニスや剣道、キャンプ等も好き。
会社を体調不良で休むこともなく、食欲もあり、飲み会にも普通に行く。
腫瘍摘出した分脳みそは満たされていないが(笑)、健康体だった。

そして彼は数学や歴史にも強かった。
スーパーに行けば、例えばティッシュ箱の「150枚入り6個で〇〇円と200枚入り4個で△△円」のどちらがお得なのかとか、計算するのも得意だった。いつも、一緒に買い物に行くと助かった(笑)
会社の同期がどこに異動になっているか、等をよく知っていた。

根が真面目で、定着しているルーチンを守ることもピカイチ。
遅刻もしないし、薬の飲み忘れ率は1%以下だろう。
薬はよく忘れないものだと、3日坊主以下の私はいつも感心する。

そんな彼なので表面的に接していると全く分からないが、病気により、見えない「高次脳機能障害」が残った。
高次脳機能障害は事故や脳梗塞、脳腫瘍等の病気や、その他原因は何であれ、脳にダメージを受けたことでおこる障害。
この障害のお困りごととしては記憶障害、遂行機能障害、注意障害等々があり、程度も人によって色々。
頭のことゆえ本人が自覚しにくく、「気づきの障害」とも言われる。

彼の場合、一時的に記憶を保管しておくスペースが小さく、例えば
・電話を受けて名前を聞いてもすぐ忘れたり、頼んだことを覚えていられなかったり(記憶障害)、
・やりたいことを達成するための段取りや、分からないことを質問するための文章が思い浮かばなかったり(遂行機能障害)、
・複数作業の同時並行や、沢山のものから1つを選ぶことが出来なかったり(注意障害)、
ということがあった。

いずれも、些細なことで、出来なくても「次から注意してね」で終わるものかもしれないし、指示の出し方が悪かったかな、で終わってしまったりする。本人も怒られるのは嫌なので「次から注意しよう」と思う。
でも、障害ゆえに「注意する」という気合でどうにかする方法は適さず、メモを取る等の具体的な方法もすぐ忘れ、定着に時間を要する。
そして、これを繰り返されると(繰り返さなくても)業務上支障がでる。

会話も、分かっているように答えるが、実は分かっていなかったり。
何となくチグハグで、表面的な話ばかりで、ちゃんと会話が出来ていない感覚があった。彼が何に困っているのか、彼が自覚がなく言えないために、理解が難しいところも多々あった。

会社は本当に理解があった。
ましてや彼のように病気により障害を得たケースは誰にでも起こりうるケースであり、会社としても初のケースとして色々経験したいと言ってくれた。
そして、どうにか彼に出来る仕事はないかと考えてくれた。
例えば、急ぎの〆切がない翻訳業務や、調べ物等。
出来ること探しを手伝ってくれた。
本当に恵まれたし、足を向けて寝られない。

しかし、コロナ禍のインパクトは大きかった。
在宅勤務が進み、オンラインで仕事をするようになり、どうしてもZOOMやTeamsなどのオンラインツールの使い方が覚えられなかったりした。
耳から入る情報に対する記憶力が特に低い彼にとって、モノを見ながら説明を受けることや、作業をする機会が減ったことは大きな痛手だった。

同時期に脳腫瘍の再発が分かり、脳機能の損傷により理解力も低下し、歩くことが困難となり、病院への通院回数も増えた。
彼のサポートに時間を要する大変さも分かる。
これ以上は会社に迷惑になると感じ、家族である私から説得し、ついに退職という選択をした。

まだまだ仕事をしたいし、出来ると思っている彼。
長年勤めていた会社には知り合いも多く、愛着もある。
その場を取り上げてしまう話を彼にするのは妻である私しかできず、
本当に、本当に辛かった。

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退職後、彼は自宅で過ごすようになった。
もともと、趣味は一人で散歩とか自転車に乗ることだったが、それも難しくなり趣味もなくなった。居場所がない。
元気なのに、ヒマである。家事も転倒のリスクがあると任せにくい。
対話相手は私や、病院のスタッフ、その他医療関係者のみ。
体力維持のためにリハビリに行くようにしたが、沢山の高齢の方々の中でポツンといる。会話も、気を使って話しかけられている感じ。
すっかり、ケアされる側に回ってしまった。

そして、退職に伴い、ハローワークでの手続きや障害者用の就労支援の窓口にも行った。障害者手帳、年金手続き、先を見据えた介護手続き等々で、「就労可能か否か」についてよく聞かれた。

「就労可能」って何だろう。何をもって「就労可能」というのか。

彼は頭に腫瘍がある以外は、全くの健康体である。
仕事もしたい。意欲もある。
とても真面目。
前述のように、計算とかは私より得意。
レシートの整理、入力は(遅いし、たまにヌケるが)できる。
税金だって納めたい。
社会に貢献したいし、繋がっていたい。
就労は可能だ。彼に出来る仕事があるのなら。

でも、それを切り出すことはなかなか難しい。
だから実質的には「就労不可」。
「はたらけない人」となってしまった。

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「はたらくってなんだろう」
「はたらけるってなんだろう」

繰り返し考えた。
彼は、働きたい。
会社も、働かせてあげたい。
社会も、働ける人は働いて欲しい。

これだけニーズはマッチしているのに、働けない。

彼が出来る仕事を見つけられさえすれば、彼の能力はまだまだ社会に貢献できるのに、それが見つけられない。

なんかね、勿体ないなと思ってしまう訳です。
これだけ科学が進歩している世の中。
障害の特性を見極めて、「こんな仕事だったら出来そうです」と叩き出してくれる機能はないものだろうか。
どんなサポートがあれば働き続けられるのか、簡単に教えてくれる機能はないものだろうか。

そういうのが出来たらビジネスニーズも高く、
安定して就労できる人が増え、
その人だから持つ視点も活用され、
自立して税金を納められる人も増え、
社会が上手く回るようになり、
はたらけない場合はしっかり休んで、
落ち着いたらできることから復活することも可能で、
万々歳だと思うんだけどな・・・

彼をとおして「はたらくってなんだろう」を考えさせられた。




あなたが出来ることを、上手く思いついてあげられなかったなと思ってる。出来ることが欲しかったよね。ごめんね。

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