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葬儀での写真撮影について:夫の写真を撮っていた私が思っていたこと

ドリフターズの仲本工事さんが亡くなられて、その葬儀で喪主である妻やその友人たちがご遺体の写真や動画を撮っていたという記事を読んだ。

Yahoo! にアップされた記事なのである程度のコメントは仕方がないが、

非常識すぎる!ありえない!!
ご遺体は目に焼き付けるもので、撮影するものではない!
ご遺体はある意味死体な訳で、それを撮影するなんて気が知れない!
振り返って見るべきはご存命の時の写真であって、葬儀の写真ではない。

などなど、かなり辛辣なコメントが飛んでいた。

私は夫の葬儀で写真を撮っていた派だ。
基本、誰がどう言おうとあまり気にしない方ではあるのだが、さすがにこれはちょっと響いた。そっかー、私も非常識な人なんだ、みたいな。

ということで、この件で色々と思ったことを書いてみたい。

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遡ること20年程前に親戚が亡くなった際に、田舎で葬儀があった。
その時、親戚側から葬儀後に葬儀のアルバムが送られてきた。
それを見たときには、「え、葬儀の写真撮るんだ・・・」と思ったし、若干信じられないと思って引いたし、驚いた。

祖母も父もお見送りはしているが、その際に写真を撮るというのは考えてもみなかった。

でも、今回、夫については自宅でも、葬儀でも自然に写真を撮った。
理由はこんな感じ。

参列できなかった関係者の方々に様子を伝えたかった

自宅で、訪問医さん、訪問看護さん、ヘルパーさん、ケアマネさん、相談員さん等、多くの支援者に支えられて最期を迎えた彼だったが、それらの方々は葬儀に参列できなかった。

支援者の方々は本当に彼のことを親身に思ってくれて、彼が亡くなって自宅で眠っていた時は、忙しい仕事の合間を縫って、会いに来てくれて、泣きながらお別れをしてくれた。長い方は数年間に渡り、短い方は数か月ではあったが、大変な時に一緒に悩んで乗り越えてくれた。眠る彼の横で、思い出話や「こんな人でしたよね」ということも沢山話してくれた。

その方々は大変な時期の彼や、自宅での彼しか知らない。
終末期の彼の様子は、彼の人生のほんの一部だ。
だから、写真を通じて、彼が沢山の友人たちに囲まれてお見送りをされる様子や、こんな風に、みんなでお見送り出来ましたよ!と、見せてあげたかった。(実際、見せてあげたところ、こんなにお友達が沢山来てくれて、ステキにお見送りが出来たのですね、良かったですね、と喜ばれた)

彼と一緒に写真に納まる最後のチャンスと思っていた

息をしていようとしていまいと、身体がこの世の中にあり、彼の姿を記録に残せる最後のチャンスと思っていた。
葬儀を何度も出していると、葬儀が終わり、火葬されると本当に姿が見えなくなることを実感として強く感じる。祖母や父が亡くなった時に、火葬場で骨になった様子を見て、どんなに望んでも、あの姿にはもう会えないのだな、影も形もなく、あぁ、お骨になっちゃったんだな、と思った。

だから、身体があるうちは、その姿を記録に残しておきたかった。

ということで、最後の家族写真を撮ろうという話になり、息子と3人で写真を撮ってもらった。母にスマホで撮影してもらうのを頼んだのだが、さすがに最初の1枚はしんみりしていた。でも、母がスマホの使い方が分からず、上下をひっくり返したり、アップにしてみたり、苦戦している様子が可笑しくて、その後の数枚は泣きながら、めちゃくちゃ笑っている写真になった。

結果的に、この息子も私も笑って彼の横にいる写真は、私のお気に入りの写真になった。息子と私が騒ぎ、彼がそれを静かに見ている、普通に我が家の「家族の写真」となったからだ。

これを友人に見せたときに、あまりにも私と息子が笑っている姿にドン引きされたのは確かだ。
でも、私には大切な家族の最後の1ページだった。

彼に、沢山の人が来てくれてたね、と話してあげたかった

葬儀の途中で、参列者全員で集合写真を撮った。
その時、私の「はい、じゃあ撮りますよ~」の声掛けに、友人から戸惑い気味に「みーにゃん、これってどんな顔すれば良いか分からないんだけど。笑うのも何だし・・・」と言われた。おぉ、そっか、そういうことか!と。

「彼に行ってらっしゃーいという気持ちで、笑顔で写ってください」とお願いしたところ、そういうことね、と納得され、みんなで集合写真を撮った(さすがに笑顔は少なかったが)。

これは、もちろんどなたが参列されていたのか、数年ぶりにお会いした方もいたので、記録的な目的もあった。でもどちらかというと、彼に、「この人も、あの人も来てくれたね。会えて良かったね」と伝えてあげたくて撮っていた。
彼は自分が亡くなる自覚がなかったこともあり、コロナも相まってなかなか友人たちに会えなかった。会いに来てくれたこと、話しかけてくれたことは嬉しかったのではないかと思っている。
だから、本当は参列者のみなさんらしい笑顔が良かったのだが、まぁそれは難しいのかなとも理解した。
いずれにせよ、彼と、彼と仲が良かった人達との最後の記念写真だった。

実は、ひそかに、彼の高校や大学時代の親しかった友達との写真も撮ってあげたら良かったなぁと少しだけ、残念に思っている。

彼の人生の最後の記録として残したかった

彼が20年近く前に最初に脳腫瘍で倒れた時、倒れてから実際に手術が行われるまではある程度の期間があった。てんかん発作で倒れはしたものの、その他の症状は全くなく、脳腫瘍の進行もゆっくりだったこともあり、しっかりと検査をして、万全の手術対策と体制を整えた状態で手術を行うこととなったからだ。

手術は3回行われたが、私はその時の闘病中の様子も数枚、写真に収めている。もちろん、究極の時、ICUに入っていて本当に大変だった時期は撮っていないが、手術前の病室での様子、手術後にまだ頭が腫れてはいるが落ち着いてきた様子、頭に電極を差し込まれたまま過ごした頃の様子、等は撮ってある。

私が写真を撮る様子を見て、義父は驚いていたが、私は絶対に撮ろうと決めていた。それは、「生きている彼の姿を見れるのはあと数か月かもしれない」、という想いもあったが、それよりも、手術を終えて、すっかり元気になった時に「こんな感じだったんだよ」と彼と笑って思い出として話をしたいと思っていたからだった。ある意味、願掛けの意味が大きかった。
頭の手術の場合、その様子は本人が見ることが難しい。どんな傷口で、自分の頭がどうなっているのかは分かりにくい。だから、すべてが終わった後に「こんな日もあったよね」と言えるようにしたかった。
実際、本人は手術前後の記憶はあまりなく、落ち着いた後に写真を見せて説明し、「こんなだったんだー」と言ってもらえた。

今回の葬儀の写真撮影は、そんなこんなを乗り越えた彼の集大成みたいな感じだったのかも。
よく頑張ったね。全うしたね。沢山の人に支えられたね。楽しい時間もあったよね。そんな彼の人生の最後のページを記録に残したかったのかもしれない。

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ということで、私は意図と意思を持って、彼の葬儀を撮影していた。
それが良いことなのか、賛否両論はあるのかもしれない。

でも、やっぱりこうやって書いてみても後悔はしていない。
非常識と言われれば、それでも良いかもと思っている。

人それぞれ考え方もある。
感情も、想いもある。

なお、心が伴わない、興味本位での撮影、野次馬根性での撮影と、私が行った行為は絶対に一緒にしないで欲しいとは強く思っている。

こんな考え方もあるんだよ、行為だけを見て、勝手に評価しないで欲しい、ということが伝われば良いな。




ねぇ、あの時寝ていたあなたはどんな気分だった?
私は、あの家族写真も、手を重ねた写真も、貴重な大切な1枚になったよ。

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