データ好きの精神科医

データ分析が好きな精神科医が「抑うつの分布」の特徴について語っています。 内容はやや専…

データ好きの精神科医

データ分析が好きな精神科医が「抑うつの分布」の特徴について語っています。 内容はやや専門的です。タイトル数字の順番に読んだ方が理解しやすいと思います。 詳しくは下記の本を参照ください。 https://amzn.asia/d/97BZ7rQ

最近の記事

15.なぜ差異を探す研究が多いのか?

分布の研究をしていると気づくことがある。それは心理社会医学系では分布の数理パターンに興味を持つ研究者が少ない、ということである。実際、精神科医や心理学者に「一般社会の抑うつ症状はどんな数理分布に従うか?」と質問しても、「そんなこと知らない」と答える人が大半だろう。 分布の数理パターンはその現象の仕組みを反映する。つまり分布の数理をパターンが解れば、その現象の仕組みを理解できる。しかし、なぜか分布の形への関心が低い。 一般的に人は違いにはすぐ気づくが、根源的なルールに気づき

    • 14. 知能指数と正規分布

      1905年にフランス人の心理学者であるアルフレッド・ビネーは、弟子のシモンと連名で小児の知能テストを発表した。これは世界で最初に作られた知能テストである。特記すべきは、ビネーの知能テストは心理現象の数量化を試みた最初の取り組みでもあった。 「計測可能なものは計測し、そうでないものは計測可能にしよう」といのはガリレオ・ガリレイの言葉である。知能を数量化することにより近代心理学が始まった。 その後の研究により、知能テストの得点は釣り鐘型、つまり正規分布に似た形を示すことが明ら

      • 13 抑うつ症状の回復の順番 ー笠原説の検証ー

        #1 抑うつ症状の回復 -笠原の理論- うつ病が回復にともなって抑うつ症状は消失していく。しかしすべての抑うつ症状が同時に消失するわけではない。早く消失する抑うつ症状もあれば、なかなか消失しない抑うつ症状もある。 精神科医の笠原嘉は抑うつ症状が改善していく順序について次のように説明している(笠原嘉 みすず書房 2011)。笠原は三つの大きなカテゴリーに分けて抑うつ症状の消えていく順序について説明を行っている。うつ病の回復過程ではまずは「不安・イライラ」が改善し、次に「抑うつ

        • 12 心理学研究を支える最大の仮説

          #1 評価尺度の総スコアとは何か 評価尺度は心理現象を測定するためのツールである。その目的に応じて、抑うつ評価尺度、幸福度評価尺度、知能評価尺度、といった様々な評価尺度が存在する。 科学では対象を計測するための物指しが必要がある。そして心理学研究における物指しは評価尺度である。実際、心理学において学術論文の9割以上は評価尺度を使用していると思う。現在の心理学は評価尺度のおかげで成り立っていると言っても過言ではない。 これまで様々な評価尺度が作成されたが、そこには共通するル

        15.なぜ差異を探す研究が多いのか?

          11 抑うつ症状がDS分布を示す仕組み

          #1 抑うつ症状の分布はDS分布をしめす 以前のnoteでも述べたが、大規模集団において抑うつ症状はDS分布にしたがう。今回はなぜ抑うつ症状はDS分布にしたがうのか、説明したい。 ちなみにDS分布とは抑うつ症状に特異的な分布モデルのことである。抑うつ症状の項目反応は特徴的な数理パターンに従うのである。なおこういった内容はまだ心理学や精神医学の教科書には掲載されていないし、普通の心理学者や精神科医は知らない)。 まずDS分布についておさらいする。2000年に厚生労働省によっ

          11 抑うつ症状がDS分布を示す仕組み

          10 抑うつの経過 ー中央への回帰ー

          気分が不安定の人を日本語では気分屋、英語ではムーディ(moody)という。洋の東西を問わず、「気分」という言葉は変動するイメージを持つ。 気分が不安定なイメージを持つのは、そもそも気分が状況に応じて変動するからだろう。人は嫌なことがあれば憂うつになるし、良いことがあれば気分が高揚する。。これは万国共通の認識だろう。もし人の気分が安定した性質なら、気分屋(moody)という言葉は落ち着きを表現する言葉になっていたかもしれない。 人の気分は状況に応じて変動する。それにもかかわ

          10 抑うつの経過 ー中央への回帰ー

          9.鬱になる年齢が曖昧な理由

          人はどの年齢でもっとも抑うつ的になるのだろう? この疑問に対して、これまで膨大な数の論文が報告されている。しかし困ったことに、抑うつと年齢の関係は論文によって異なる。人は中年期に最も抑うつスコアが高くなるという論文もあれば、青年の抑うつスコアが最も高いという報告もあり、中には高齢になるほど抑うつスコアが高くなるという論文もある(Tomitaka S, et al. Front. Psychiatry 2018)。つまり抑うつスコアと年齢の関係は一貫しないのである。 さらや

          9.鬱になる年齢が曖昧な理由

          8.大規模データ研究のススメ

          前回の話はこちら。 https://note.com/memantine2000/n/n816fd9c8ace9 本題からは少し外れるが、今回は大規模データ分析の良さや留意点について説明したい。大規模データを分析する研究者がもっと増えてほしい、と思う気持ちがあるからである。 #1 大規模データ研究の研究者のススメ (研究者向け) 医学、心理学、社会学の専門家なら、公的調査のデータを分析することは有益だし、研究のヒントも得られる。私が抑うつの分布の研究を始めたのも、公的デ

          8.大規模データ研究のススメ

          7.なぜうつ病は増えたのか?

          前回の話はこちら。 今回のnoteでは「時代とともにうつ病は増えているのか」という問題について考えてみたい。この問題を理解するには、最終的には分布の変化について知ることが重要になる。 #1先進国でのうつ病の増加 ご存じの方も多いと思うが、近年先進国ではうつ病で通院する患者が大幅に増加した。厚生労働省の調査によると日本では99年から2017年までの間にうつ病の通院患者が24万から97万へと約4倍に増加した。米国でも1987年から2007年の間にうつ病の通院患者約4倍に増加し

          7.なぜうつ病は増えたのか?

          6.なぜ抑うつは指数分布に従うのか?

          前回の話はこちら。 https://note.com/memantine2000/n/n253ad83e88e5 今回はなぜ抑うつスコアが指数分布に従うのかについて述べる。ちなみに分布の数理パターンはその仕組みによって決まる。つまり抑うつスコアの分布が指数分布を示すのはそういった仕組みが存在するからである。ではそれはどういった仕組みなのか説明したい。 #1 非時間軸の指数分布 指数分布といえば、時間を横軸とした指数分布がよく知られている。たとえば放射性物質の放射能の減衰は

          6.なぜ抑うつは指数分布に従うのか?

          5.総スコアの数理パターンの再現性

          前回の話はこちら。 https://note.com/memantine2000/n/n03bae4d763d0 前回は抑うつ評価尺度の総スコアが指数分布に従うことを述べた。今回はその再現性について説明する。 #1 一般人口における指数分布の再現性 抑うつスコアの分布が指数分布に従うことについては、これまで日本で行われた二つの行政調査(保健福祉動向調査、国民生活基礎調査)、米国政府による三大行政調査(NHIS、BRFSS、NHANES)、英国やアイルランドにおける行政調査

          5.総スコアの数理パターンの再現性

          4.抑うつ尺度の総スコアは指数分布に従う

          前回の話はこちら。 今回は、抑うつ評価尺度の総スコアの数理パターンの話です。 #1 抑うつスコアの分布の数理パターン K6という抑うつ評価尺度のデータを用いて、抑うつスコアの分布の数理パターンを調べた。なぜK6を選んだかというと、この尺度は日米で行われた大規模な行政調査で最も使用されているからである。日本では国民生活基礎調査、米国ではNHIS(National Health Interview Survey)、BRFSS (Behavioral Risk Factor S

          4.抑うつ尺度の総スコアは指数分布に従う

          3.ポジティブ感情の分布のパターン

          前回の話はこちら。 https://note.com/memantine2000/n/n686ebd7dc8e8 #1 ポジティブ感情の分布 前回のnoteでCES-Dの抑うつ症状はDS分布に従うことを説明した。ところでCES-Dにはポジティブ感情が4項目が含まれている。ポジティブ感情とは「幸せ」「楽しみ」「自信がある」といった文字通りポジティブな感情を指す。ではポジティブ感情には数理パターンが存在するのだろうか? 図1は保健福祉動向調査(約32000人)におけるポジティ

          3.ポジティブ感情の分布のパターン

          2 抑うつ症状の分布の数理パターン

          前回の話はこちら。 https://note.com/memantine2000/n/naa0bac922637 今回は、抑うつ症状の大規模データを観察した結果、分布の数理パターンが見つかった話です。 #1 日本における抑うつ症状の分布 前回、自然律を観察するには大規模なデータを分析する必要があるという話をした。その仮説を検証すべく、厚生労働省によって行われた「保健福祉動向調査」のデータを分析した。 これは2000年に全国32022人を対象に行われた調査である。調査対

          2 抑うつ症状の分布の数理パターン

          1.わからないことにルールを探す

          #1 研究の紹介  私は精神科医であるが、その一方で研究もしている。かれこれ10年以上、抑うつの分布の数理パターンについて研究している。しかし残念なことに、このテーマについて研究している人は非常に少ない。寂しい状況である。 もちろん自分自身はこの研究に非常に興味を持っているし、重要と思っている。抑うつという現象は精神医学のみならず、社会にとって重要なテーマである。一般的に分布の数理パターンは現象の仕組みによって決まる。したがって分布の数理パターンがわかれば、抑うつの根源的な

          1.わからないことにルールを探す