分布モデルの研究をする理由
心理社会医学系では分布の数理パターンに興味を持つ研究者が少ない。実際、心理尺度のスコアの分布モデルを探している研究者に会ったことはないし、そういった論文もほとんどない。さびしい限りである。
分布の数理パターンはその現象の仕組みを反映する。つまり分布の数理をパターンが解れば、その現象の基盤となる仕組みを理解できる。しかし、なぜか分布の形への関心は低い。
ではどんな研究が多いのかというと、何らかの比較を行い、違いを見つける研究である。私の印象としては世の中に発表される心理学の論文のうちほぼ9割は統計的有意差を検証している。つまり何らかの違いを見つけようとする論文が非常に多いということである。なお差異を調べる研究が多いのは心理学限ったことではない。医学や経済学でも同様である。
なぜほとんどの研究者は違いを見つける研究をするのだろうか?。それは人の関心が変化や違いに集中するからもしれない。人は変化や違いに敏感だ。消費税が8%から10%に上がればマスメディアは大騒ぎするし、これまで打率2割5分のプロ野球選手が3割を打つと賞賛する。
その一方で、人は安定しているもの、つまり秩序にはあまり関心がない。たとえば自由落下の法則(重さに関係なく物は加速的に落下する)や振り子の法則(重さに関係なく、振り子は同じ時間で往復する)は17世紀になって初めて発見された。紀元前から既に鉄や金の重さや硬度や融点に違いがあることは知られていた。そういったことを考慮すると、自由落下の法則や振り子の法則の発見はかなり遅かったと言ってよい。
物体の落下や振り子の周期は安定した現象である。安定した自然の秩序は人々の関心を惹かないのかもしれない。分布の数理モデルの研究者が少ないのも理解できるような気がする。
しかし科学の発展にとって安定した秩序探すことは非常に重要である。実際自然科学は自然現象における安定した秩序(自然律)を次々と見つけることによって17世紀以降急速に発展した。心理学がサイエンスとして発展するには再現の高い自然律を見つける必要があると思う。
心理現象は正規分布をモデルとするものがほとんどだ。これは最初に心理現象を測定した知能スコアが釣り鐘型の分布を示したことが大きい。しかし世の中の心理現象がすべて正規モデルに従うわけではない。
実はこれまで発表された心理学系統の過去の論文を解析したところ、データの多くは歪んだ非対称的な分布であった(Bono R, et.al. Front. Psychol. 2017)。心理現象のデータは正規分布以外の数理分布に従う可能性があるということである。知能テストのスコアは正規分布に従うのかもしれない。しかし他の心理尺度のデータまで正規分布に従うとは限らない。
正規分布以外のモデルにしたがう心理現象が見つかれば、心理現象への理解もさらに深まると思われる。そして私は抑うつは正規分布ではない別の数理モデルに従う心理現象ではないかと研究している。
1)Bono R, et.al. Non-normal Distributions Commonly Used in Health, Education, and Social Sciences: A Systematic Review. Front. Psychol. 2017 8:1602.
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