見出し画像

1.わからないことにルールを探す

#1 研究の紹介 
私は精神科医であるが、その一方で研究もしている。かれこれ10年以上、抑うつの分布の数理パターンについて研究している。しかし残念なことに、このテーマについて研究している人は非常に少ない。寂しい状況である。

もちろん自分自身はこの研究に非常に興味を持っているし、重要と思っている。抑うつという現象は精神医学のみならず、社会にとって重要なテーマである。一般的に分布の数理パターンは現象の仕組みによって決まる。したがって分布の数理パターンがわかれば、抑うつの根源的な仕組みを理解することができる。

それにもかかわらず、このテーマの研究者が少ないのは世の中にこういった研究が存在することが知られていないからかもしれない。そういったこともあり、Noteを通じてこの研究について発信することにした。

まず最初に私の行っている研究について説明したい。「抑うつの分布の数理パターンについて研究している」と説明されても、初めて聞いた人は[何のこっちゃ?]だとと思う。

抑うつ分布の数理パターンの研究とは、要は「抑うつという心理現象における数学的ルール自然律)」を探すことである。自然律とは自然の法則のことである。万有引力の法則やボイルシャルルの法則といった、抑うつという心理現象の背後に存在する数学的ルールを探している。

自然律にはいろんなものがある。

古代の人々はすでに月や太陽の動きにルールが存在することを知っていた。さらに16世紀以降、ガリレオやニュートンらにより「振り子の法則」や「万有引力の法則」などが次々と発見された。

自然律が発見されたおかげで近代社会は成立したと言っても過言ではない。自然律は現象の仕組みを理解し、テクノロジーを開発するための基盤である。しかし残念ながら心理現象において、自然律はほとんど報告されていない。

心理学の歴史を振り返ると、フロイトやカーネマンのような高名な研究者は存在する。しかし彼らは心の理論や特性を提唱したが、ガリレオのように何か再現性の高い自然律を発見したわけではない。(もちろんそれらも偉大な業績ではあるが)。

もし抑うつに関する自然律が見つかったら、革新的な発見になるだろう。もちろん、「もし見つかれば」の話なのだが。

# 2 作業仮説
前述したように、抑うつのみならず、あらゆる心理現象において自然律はほとんど見つかっていない。ではなぜ心理現象において自然律が見つからないのか?この問題を解くカギは、そもそもなぜ物理現象では自然律を観察できたのか、その条件について整理する必要がある。

例えばしかるべき測定機器を使えば、我々はオームの法則を観察することができる。ではなぜオームの法則を観察できるのか?言わずもがなだがオームの法則とは電流は電圧に比例するという自然律である(電圧を2倍にすると電流も2倍になる)。

実は、同じ電圧でも電気回路の中をを流れる電子のスピードや方向はそれぞれ異なる(電子工学の専門書にそう書いている)。したがって仮に一つの電子をじっと観察したとしても、そこからオームの法則に気づくことは難しい。

ではなぜオームの法則を観察できるかというと、回路の中には非常に大量の電子が存在するからである。大量の電子が存在することによって、電子の平均速度や全体の方向性が安定する。結果として電圧を2倍にすれば、すべての電子の平均速度も2倍になる。つまり、オームの法則を観察できるのは、大量の電子が存在するからである。

物理法則を観察するには大量の分子や電子が必要となる。これはオームの法則に限らない。他の物理法則にもあてはまる。

例えば自由落下の法則もそうである。自由落下の法則を観察するには、ある程度の質量の固体、つまり大量の分子の塊が必要となる。塵のような非常に小さな塊では、空気抵抗のため自由落下を観察できない。一つの分子だと落下という現象すら観察できない(一つ一つの分子に作用する重力は弱く、空気中の分子の動きはブラウン運動のようにランダムである)。

自然現象における自然律を観察するには、非常に大量の分子や電子が存在する必要がある。大量の分子や電子が存在することによって、確率的安定性が生まれ、自然律を観察することが可能となる。ちなみにサンプル数が増えると平均が収束していくことを統計学では大数(たいすう)の法則と言う。

ナスカの地上絵に気づくには空から俯瞰する必要がある。足元を眺めただけでは巨大なコンドルやハチドリを見いだすことはできない。同じように自然律を観察するにはマクロの視点から観察する必要があると思われる。

そういったことを考えると、心理現象における自然律を見つけるには大量のサンプルからなるデータをマクロの視点から観察する必要がある。そういった作業仮説にしたがって、筆者は抑うつに関する大規模な疫学データの分析を始めた。

既に10年以上研究を続けているが、結果として抑うつの分布には自然律(数学的ルール)が存在することが明らかになった。このnoteでは明らかになった自然律を紹介したい。


余談 

話は逸れるが、最近Dr.STONEという少年漫画を読んだ。

この漫画は、すべての人類が彫像のように石化してしまう未来を描いている。運よく石化から回復できた主人公(石神千空)が、石化のメカニズムを解き明かそうと様々な実験を試みる。失敗を繰り返している時に、彼は次のようなセリフを吐く。

「わからねえことにルールを探す、このクソ地道な努力を科学って呼んでるだけだ‼」

退屈まぎれに少年漫画を読んだら、科学研究の本質を表す言葉に出会ってしまった。私も石神千空と同じく、わからないことにルールを探しております。

PS 本稿のタイトルもドクターストーンから拝借しました。

Dr.STONEは理系向けの漫画です



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?