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短いおはなし7

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#短編小説

野原屋さん。

野原屋さん。

世界の果てのある町に
野原屋さんがあった。

土からつくった手づくりの野原を
ちいさな箱に入れて
ひもで結んで売っていた。

町のひとは仕事で疲れた
いちにちの終わりに
おうちで小箱の野原を
そっとひらいた。

町のひとはそれぞれの
野原を大事にしながら
生きた。

おにぎりを泣きながら食べて。

おにぎりを泣きながら食べて。

悲しむことと
愛することは同じで
うたをつくることと
庭をつくることは同じで
後悔することと
前進することは同じで
失うことは得たことで
写真は永遠で春は寒くて
憎くくて好きで
すべてはぎゅっと
握られたおにぎりで
わたしはそれを
泣きながら食べて
意味もわからず生きる。

おれはね、バカみたいにあきらめないんだよ。

おれはね、バカみたいにあきらめないんだよ。

キツネは思った。

人気のある美容師さんほど
そのひとの好みを
しっかり聞いて
対話をたくさんするそう。

おれに才能があるかとか
おれのプライドとかセンスとか
どうでもいい。

おれはね、
バカみたいにあきらめないんだよ。
みっともなく懸命なんだ。
きみが喜んでくれたら
どんなにいいだろう。

傷つき豊かに深まってゆく。

傷つき豊かに深まってゆく。

何があっても
生きてゆくには
どうすればいいの?
子ぐまが訊いた。
クマが答えた。

風にそよぐ。

揺らがなすぎると折れてしまう。
きみのひとつひとつすべてが
正解でなくていい。
誤りですら君をつくる。

ひとつひとつが否定されても
きみはなくならない。
きみは傷つき豊かに
深まってゆく。

それとは別に。たゆまずに。

それとは別に。たゆまずに。

さて。
クマは思った。
現状はきわめて厳しい。
自分もあまりにも不完全。
憂鬱がぐんぐん加速して
押しつぶされそう。
さて。
それとは別に。
新しいうたと本のことをしよう。
美味しく美しいお料理のことをしよう。
暖かく心地よい部屋のことをしよう。
たゆまずに。
たゆまずに。
それとは別に。

まじめに取り組むために、しっかり逃げる。

まじめに取り組むために、しっかり逃げる。

#お洒落なオカマのキツネ
子ぐまに言った。
おいしいものを毎日食べたら
美味しくなくなる。
まじめに生きることは
たまにふまじめになること。
自分に向き合うことは
たまに自分から逃げること。
まじめすぎることって
もはや悪しき信仰ね。
まじめに取り組むために
あたしらしっかり逃げるの。

海には空が含まれている。

海には空が含まれている。

クマが
落ち込む子ぐまに言った。

海には空が含まれている。
冬には春が含まれている。
夜には朝が含まれている。
絶望には手がかりが
正解には矛盾が
美しさにはいびつさが
含まれている。

きみはいつも多元的さ。
絶望一色じゃない。

そしてすべての表現は
この複雑さから生まれる。
素敵だろ?

いかにたくましくお洒落しようとしてたか。

いかにたくましくお洒落しようとしてたか。

なにをお祈りしたの?
子ぐまが訊いた。 #お洒落なオカマのキツネ
答えた。
なにひとつうまくいかなくても
どんなにだめでも
たくましく、しぶくとく
生きていけますようにって。
状況がいかに最悪かとか
どうでもいいの。
そこであたしが
いかにたくましく
お洒落しようとしてたかが
重要なの。

暗がりのベリー。

暗がりのベリー。

暗がりのベリー。

明け方だった。
もうだめだ、ときみ。
暗がりでミックスベリーを
どさっとあけて
秘密のヨーグルトソースを
つくってそえた。

ベリーたちは
新しい大地みたいでしょ?
仲の良すぎる惑星群みたいでしょ?

きみは無視して
泣きながら食べて
口が赤いままで
眠ってしまった。

ただたんたんと作品をつくる。

ただたんたんと作品をつくる。

ある町に作品をつくり続ける
クマがいた。
クマはなにがあっても
たんたんと作品を
つくり続けた。
世界が変わっても
失敗しても
不評でも
不幸でも
作品を作り発表し続けた。
なにものも
その歩みを止めることは
できなかった。
悲しみも後悔もしなかった。
ただたんたんと作品を
作り続けた。

あんたら人間は悲しがりすぎる。

あんたら人間は悲しがりすぎる。

大阪のおばちゃんねこが言った。
こんなん年の瀬に
言いたくないけども。。
あんたら人間はな
悲しがりすぎる。
ねこはな、傷をおったら
なめてまるくなって
じっとして眠るだけや。
あんたらもな
ごはんつくって
片付けして
美しいものを愛でて
まるくなって眠って
ただ生きるだけで
ええねん。

わたしは現実をがんばるから。

わたしは現実をがんばるから。



女の子が
うとうとしていたら
睡蓮ホテルにいた。

花と蝋燭と果物。
あたたかいお茶。

でもなにも手をつけず
うっとりと、
うとうとしていた。

女の子は思った。

この夢が現実になればいいとは
思わない。
わたしは現実を
がんばるから
あなたたちは
高潔なままそこにいて。
#睡蓮ホテル

みずうみのセロ弾き

みずうみのセロ弾き

みずうみのほとりで暮らす
セロ弾きのクマがいた。
冬の風がカタカタと窓をたたき
最後の枯れ葉が湖面に舞った。
クマはそのひとつひとつに
想いをゆだねるように
セロを弾いた。
クマのセロは湖面を渡り
冬の精霊の旅団が
異国の踊りを踊った。
湖で起きていることのほとんどを
みんな知らなかった。

現実と幻想の両方にきちんと取り組む。

現実と幻想の両方にきちんと取り組む。



子ぐまに #お洒落なオカマのキツネ が言った。
世界とか社会とか自分の欠落とか
嫌になることはいつもあるわよ。
だけど
あんたが好きなもの
夢みるものに出会えた幸運と幸福は
そんなものたちに
なにひとつ汚されることはないの。
あたしたちは
現実と幻想の両方に
きちんと取り組むべきなの。