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青い春夜風 30

Before…

【三十】

 二年前に成人となり、今年で二十歳。昔「成人式」と呼ばれていた式典は今「二十歳の集い」なんて呼ばれている。準備を終えて煙草を吸っていると、照れた顔をした幼馴染が時間通りに来てくれた。
「光佑、袴か!似合ってんじゃん!」
 ずっと俺の面倒を見てくれた光佑は予告通り、黒を基調に銀のド派手な袴で登場した。本人はとっても嫌そうだけど。さて、どこから振り返ろうか。まず、中学を出るあたりからにしようかな。


 俺が担ぎ上げられ、最高のムードで迎えた体育祭が担任・晴野っちの暴力事件で中止となった翌日、泊めてもらった光佑の家で自責の念に雁字搦めにされていた。晴野っちは、俺のせいで暴力を振るったんじゃないかって。光佑の強烈な頭突きを食らって意識が飛ぶ間際、待ち焦がれていたあのノックが聞こえた。意識は繋ぎ留まり、布団を纏ったままドアをぶち開けた。信じられなかったが、謝りたかった担任がそこにいたんだ。
 だけど、謝られたのは俺の方だった。やっぱり先生って大人だなって思った。更に信じられなかったのは、あろうことか晴野っちはビール持ってきてて、俺たちと乾杯した。ゆっくりとビールを飲んでいくうちに、もやもやとつっかえていたものがゆっくり流れて消えていくような感覚があった。

「晴野っちいないなら、俺はもう学校行かないよ?」

「好きにするといい。」
「正直、学校に行くことが全てではない。」
「大人になって羽ばたけるなら、後悔しないように自分で決めたのなら、止める権利は誰にもない。」

 この言葉に、なんとなく赦されたような気がした。自由になれた気がした。
 元々俺が登校しようと思ったのは、一年の時に不貞腐れてから学校に行く意義を感じなくなったからだった。中途半端に幅を利かせる連中を何とかしてやろうと奔走した結果、幼馴染が処罰された。菊宮組は誰もが諦めただろう。俺が諦めたんだから。
 でも久々に会って、一緒にメシ食って、「青春してぇな」って強く思ったのは紛れもない事実。光佑と日々だらだらしながら勉強してても正直どうにでもなっただろうが、やられっ放しなのにムカついただけだ。光佑も納得してくれて、三組がまず変わった。体育祭の一件はもう少し上手くやれたんじゃないかって時々思うけど、バカは最後までバカでいてくれたお陰でスクール・カーストはひっくり返って終わった。
 後から篠と平野に聞いた話だったが、晴野っちが殴った場面を撮影してSNSに上げた女がいた。いつぞやゲームするためにスマホを持ち込んでいたバカの取り巻きの一人だ。しかも俺らの机の写真にふざけたコメントを付けてアップしてくれていたお陰で、晴野っちに対しての世間の評価は「どんな形であれど体罰を犯した暴力教師」として見る派閥と、「陰湿ないじめから教え子を守るために身体を張った熱血教師」として見る派閥に分かれていた。光佑の家でニュースを見た。映っていた全員の顔にモザイクがかかり、変声処理もかけられていたが、間違いなくあの瞬間だった。
 吉田はなんと取材を受けたと言っていた。北小と菊宮小のドロドロした内情をマスコミに暴露し、世間は中学校のスクールカーストやいじめ問題の方にフォーカスを移した。「若手教師の体罰」問題から「体罰に至るまで教師でさえ気付けない程根を張り巡らせた生徒同士の確執」、「ネットリテラシーの低さと保護者の責任」問題へ。それはうちだけではなかったようで、日本の他の中学校でも似たような問題がちらほら見受けられ、一時期大きな論争を巻き起こしたっけ。
 これだけ大きな問題になれば、「変わらないと自分たちも加害者になる」と思った傍観者の連中が掌を返したように生活態度を一変させたらしい。後で蓮に聞いたら、「すっかり過ごしやすい学校になった」と喜んでいた。

 そして再び不登校を選んでから、時々主任が家庭訪問に来て受験対策を練ってくれるようになった。
「晴野先生から託されたから、面倒でもしっかりやりなさい。あなたたち勉強は全く問題無いけど、出席日数はどうしようもないから。面接できちんと理由を話せれば大丈夫だって信じてるからね。」
 そう言って面接練習を徹底してやってくれた。かなり厳しい質問も突き付けられ、俺でさえ頭を抱えた。それだけ学校に行っていないということは受験においてハンデとなってしまうのか、と後悔したこともあった。

 そんな日々を送りながら迎えた大晦日。うちで光佑と光佑の親父さん、ばーちゃんと忘年会をしていたら、クソ親父と離婚してから姿を全く見せなかったお袋が突然帰ってきた。いきなりの登場に全員びっくりだったが、ばーちゃんが今までで一番おっかない顔をしてお袋の頬をひっぱたいた。
「この馬鹿娘!連絡もせんとなにやっとったんじゃ!わしがいなかったら雅をどうするつもりだった!」
 往復ビンタが止まった時、泣きながらお袋は鞄から分厚い封筒を取り出した。中には物凄い量の一万円札が入っていた。
「ママ、雅、ごめんね…!あの男と飛び出して離婚してから、色々働いてお金しっかり貯めて雅に苦労させないようにって思ったの。高校とか、大学とか好きに選んでいいから、また三人で生活させて!」
 ばーちゃんはお袋を抱き締めて泣いていた。光佑親子も感極まって泣いていた。そして、年を越した。

 俺と光佑は市内で一番偏差値が高い県立高校に揃って入学した。県トップの学校も余裕で視野に入っていたが、「通うのが面倒だから」と蹴った。すったもんだした面接は「あの事件の子か」と感心され、試験も文句無しの結果を叩き出した。義務教育と一緒に、酒と煙草とも卒業した。

 高校でも上位一・二位を俺たちが独占したまま卒業し、進学はせず社会に出ることを選んだ。
 父の背中を追った光佑が学校に通いながら準中型免許を取得し、運転できるトラックを親父さんから譲ってもらい、二人で近所の家の片付けや廃品回収、簡単な配送を始めた。最初は光佑の親父さんから仕事を分けてもらい、俺は近所を中心に営業をして仕事を貰ってきた。「あそこの商店の子か、大きくなったね」なんて言いながら依頼してくれるので、こっちも利益が出せるギリギリまで値引きしてやっている。徐々にお客さんと信頼関係ができ、仕事は一年ほどで軌道に乗った。忙しく疲れる日々ではあるが、汗を流してお客さんの笑顔を貰えた時に「青春」を感じる。


【Epilogue】

「何でお前はホストみてぇにスーツ姿キメてんだよ!俺だけめっちゃ浮くじゃんか!」
「まーまー。日々共に働くパートナーの晴れ姿、いいねぇ。俺も袴が良かったなー。」
「んじゃ今すぐ脱ぐから変えてくれ。」
「絶対やだ。」
「何だよ!」
 十何年と続けてきた、小気味良いやり取り。
「お前が着る方が似合ってっからだよ、ダーリン。」
 露骨に顔を赤くする光佑。ずっとからかい甲斐があるなぁ。
「うっせぇよ…。そんなん言われたら脱げねぇよ。」
「かれぴの言葉には、相変わらず弱いんだね。筋肉質なのに可愛い奴だ。」
 去年、光佑に告白された。中坊の時から何となく勘づいてはいたが、長いこと過ごしているうちに何やら変な感情がずっとある、と。ふざけて「恋なんじゃない?」と言ってみたら、まさかの「多分…」という返答でびっくりした。まぁ何が変わるわけでもないと思ったのと、今まで俺も誰かに恋愛感情を抱いたことがなかったので、試しに二人だけの秘密で交際している。俺の中では今のところ変化はないが、彼の中ではどうなんだろうな。

「あ、今日晴野さん来るってよ。」
「まじ!?どこ情報!?」
「親父。五年前に教え子と酒飲んだろって脅して無理矢理呼びつけたんだと。聞いたら晴野さん小学校の後輩らしくてさ。」
「わお、やるねぇ親父さん。晴野っち久々だなぁ、元気してっかな。」
「あの人はアツいから、きっとどっかで頑張ってんだろ。今日聞いてみんべさ。」

 光佑がジッポライターと煙草を取り出して咥えた時、頬にそっとくちびるを当ててみた。見事に動揺して手元を狂わせ、ジッポの炎が光佑の鼻先を掠めて落ちた。
「お前、いきなりそれは無ぇだろ!」
「何だよ、お前から言ってきたくせに。」
 返す言葉を失って煙草を拾う彼に、俺も煙草を取り出して火を点けた。そして煙草の先端を光佑に向ける。まだ隠せない動揺を誤魔化すように、彼は咥えた煙草の先端を俺の火種に当てて吸い込み、煙を吐いた。
「いい時間だし、ぼちぼち行こっか。」
「あぁ。篠や平野も、菊宮小は全員来るとさ。北小は知らんが、キノと小関は連絡取れて来るって言ってたぞ。」
「うわ、懐かしーメンツ。今日は楽しくなりそうだね。」

 そっと指を絡めて、会場へ咥え煙草で歩き出した。青春は失われちゃあいない。飛ぼうと思った時に羽ばたけば、その瞬間からが青春だ。これが「青春」に対する、俺たちの答え。

【青い春夜風 完】

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