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ほろ酔いゲシュタルト 10.5

Before…

【弐】

 まさか、またここで過ごせるなんてね。
 早朝、誰よりも早く起きてしまったので、縁側で朝焼けを眺めながらごろりと転がってみる。日中の陽射しとは違う、涼しくて優しいお日様だ。
 ここで日々を送るのは妖になって三度目になる。初めてここで過ごした時は、僕たち妖も生きることで精一杯だった。せんそー、って人間は言ってたっけ。この国に負の感情が渦巻き、街は焼け果て、人間はこれからどうするんだろうって思ってた。後ろ向きな気持ちは妖力の糧のひとつとなるが、あれだけ奪われた人間たちからこれ以上奪うなんてできなかった。がしゃくんも厳しかったしなぁ。
 そんな時に変な男の子に追い回されて、最初はびっくりした。でも楽しかった。活力を失った世界の中で、無邪気な男の子は僕の性格とぴったり合って一緒に遊んだ。いつの間にかいなくなっちゃったけど。

 二度目にここで過ごしたのは、今の僕にとってもかわいー名前をくれた女の子と、初めて迷い込んだ時に僕を追い掛けまわした人とだった。その男の子はすっかりおじいさんになってたけど、とーっても優しかった。あの時僕は法度を破って狐火を使い、更に妖力を使って化けて、ひとりの女の子を助けた。あの時僕は「居場所」からはぐれた迷子だった。その女の子も、おじいさんも、「居場所」を無くした迷子だった。皆が一つになって、それぞれの「居場所」が出来た。呆気なく終わりの時は来ちゃったけどね。

 そして今、三度目を過ごしている。敢えてこの場所と決めたのはがしゃくんの優しさだろーなぁ。実は僕の方が先輩だし。妖怪たちの偉い順とか全然興味無いから譲ってあげただけだもん。偉くなるより楽しく過ごしたいからさ。今も楽しいし。めんどくさい奴がいるけどね。

「しャしャ、九尾殿。随分と早いお目覚めじャのォ。感傷にでも浸ッておッたか?邪魔してすまなんだ。」

 噂をすれば影。今は「蜷局」と呼ばれている妖蛇だ。こいつと初めて会ったのは随分昔の事になる。元々長命の蛇で、僕たちの行脚に混ざる素質は十分にあった。だけどこいつは「負けた」。魂を感情に吞み込まれ、偉くなって間もないがしゃくんに追放された。僕も賛成だった。悪さをして消された妖怪も見てきたし、こんな奴が僕たちと一緒に過ごしてたらたまったもんじゃないもん。

「仕方ないことだけどさー、勝手に頭の中見ないでよ。」

 こいつは妖力こそ強いが、それは恨みと憎しみが根っこにある。三途の川の畔に縛り付けておいたのと、この場所の主であるアマタくんの後悔を浴びてだいぶ丸くなった。だけど、その時に相手の思考を読む力が今まで以上に強くなっちゃった。僕の役目は、こいつの管理。
「仕方なかろォ。悪趣味で覗いている訳では無か。我輩とてそんな無粋な真似はせんよ。勝手に見えてしまうのじャ。我輩よか遥かに時を過ごした九尾殿なら、その辺りは汲んでくれんかのォ?」
「分かってるよ。この間はアヤにいーことしてくれたみたいだし、最近はけっこー優しくなったよね。蜷局、こないだの怨念吸いは応えたでしょ?」
 こいつの身体から、徐々に真っ黒い気持ちが薄くなっているのは知ってるんだ。時々しっぽが銀色になったり、人に化けた時に髪の毛の先っぽが黒くなくなったりしてたのをしっかり見てるから。だけど、こいつは極端すぎるんだよなぁ。
「かかかッ、そりャあ応えたとも。折角我輩の邪魔をする漆黒の渦が弱まッてきたというのに、あッちュう間に元通りじャよ。中々上手くは行かないのォ。」
「まー、蜷局って名前貰ってからだーいぶ丸くなったよねお前。最後にお別れした時はほんとに見てらんなかったけどさぁ。いい事だ。」
「流石は餓者の旦那よか時を過ごした偉大な九尾殿、仰る通り。あのアマタは何故だか放ッておけなかッた。アマタの脳髄と血液を全身に浴びた時、眠りから覚めたような心地じャッたよ。妖の血が騒いだ。奴の死に様を見て、我輩の中に眠る記憶が蘇ッた。アマタの奴にその思念が伝わッて良かッたわい。そのまま送り出しても良かッたがなァ、こうして幽世の隅から常世との隙間までは戻れたしのォ。その分の仕事くらいするさァ。」

 しょーもない話をしている内にお日様はどんどん高く昇り、やがて暑苦しくなってきた。僕のもふもふは極上品だけど、この季節はしんどい。
 アヤとアマタくんも起きてきて、皆で朝ご飯を囲んだ。アマタくんはやっぱり怨念吸いの一件が心配みたい。
「蜷局、また真っ黒になっちゃったな。折角銀が少し戻ってきたってのに。異常は無いか?」
「けッ、お主に心配される程では無か。少々夢見が悪いくらいじャわィ。」
「素直じゃないなぁ、ちゃんとしんどいって言えばいーのに。」
「喧しャァ九尾殿。我輩が平気と言えば平気よ。」
「まぁまぁ。蜷局さん、無理しちゃだめだよ。私はまだ妖怪になってから全然時間経ってないけどさ、五十年なんてあっという間なんでしょ?こないだ清さんに会わせてくれた時に私も見たよ、しっぽが銀色になってたとこ。ちゃんと全身が銀色になったら一緒に旅しようよ。」
 アヤは相変わらず優しいなぁ。彼女が妖怪になる瞬間に立ち会ったのは他でもない僕だ。アヤはすっごく辛かった。一緒にいた僕ですら辛かったんだから。それでも僕を選んでくれたからには、アヤに全てを捧げてもいい。アヤと出会えなかったら、僕はきっとまだ迷子のままだった。
「アヤがそう言うなら、蜷局。少しは楽にしてあげよっか?」
「かかかッ、頭の中はお見通しよ九尾殿。我輩の為にその力を頂けるのならば、アヤやアマタ、そして餓者の旦那の面子もある。力を拝借願いたい。」

 元人間コンビは不安そうだけど、なんてことはない。火加減さえ間違えなければいいだけだし、この類は僕の十八番だ。縁側からぴょんと降りて蜷局と対面した。
「数秒で終わるけど、しんどいよ。覚悟はいい?」
「いつでも、よか。」
 僕の真ん中のしっぽの先に力を込め、狐火を使う。火加減はこれくらいかな。堪えろよ、蜷局。
「-!!!!」
 何て奴だ、浄化の狐火を浴びて声を押し殺すなんて。見直した。
 きっと五秒も経ってないけど、火を止めた。こいつの面倒で難しい所は、こいつそのものが怨念の塊みたいなものだから加減がすっごく大変。燃やし過ぎればこいつを堕としてしまうし、かといって狐火を弱めすぎると逆にこいつの良心を焼いてしまう。ま、僕の手ならこんなもんだけどね。アマタくんもそうなんだけど、何よりアヤの願いは僕の願いだから。言葉というものには強大な力がある。アヤがくれた愛の言葉には、僕も全力で愛を返さなきゃいけない。

「怨念が皮を纏った我輩にとッて、浄化の炎は何よりも効くわァ。九尾殿、力を頂いた事、感謝申し上げる。この礼は行動で示すとしよォ。」
「当たり前じゃん、でもよく我慢したね。僕も焼き殺さないように注意はしたけどさ。ちょっとだけ見る目を変えてやるとしよう。」
 こいつ、いや、蜷局はよく頑張った。僕のしっぽの方がそーとー立派だけどね。
「蜷局、大丈夫か!?よく頑張ったな。身体を冷やして甘いものでも食べよう。アヤが準備してくれてる。しっぽ、綺麗な銀に戻ったじゃないか。」
 アマタくんにずるずると引っ張られて、蜷局はお風呂場に連れてかれた。別に妖はそんなことしなくてもいーんだけどね。蜷局もなんだかんだ言いながら抵抗しないところを見るに、アマタくんの事を気に入ってるみたいだ。
「コン介、ありがとね。蜷局さんの事心配だったし、清さんに会わせてくれたから何か出来ないかなって思ってたんだけどまだ全然分かんなくてさ。やっぱりコン介優しいね、大好き!」
 もふもふをむぎゅーっとされた。僕が一番幸せな時間は、アヤがこのもふもふを楽しんでくれてる時だよ。

Next…

Prequel.


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