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青い春夜風 26

Before…

【二十六】

「今まで本当によく頑張った、グランプリおめでとう!」
 拍手喝采、喜びの余り涙を流す女子、それに引っ張られて笑いながら頬を濡らす男子。夏休みが終わり、期末試験も無事に乗り越えると、我が校は一ヶ月行事ムードが訪れる。感染症の流行でかなり小規模になったままだが、二週間で合唱練習及び本番になるコンクール。九月の下旬から始まった合唱期間、贔屓目抜きに三年三組の団結力が強力過ぎたとしか思えない。
 各パートリーダーがそれぞれの指揮を執り、それぞれのパートでどの部分が課題か討議し、改善する。その速度が段違いだった。一組や二組がやっと各パートでまとまり始めた時には、既に三組は全体練習を繰り返していた。そしてどのパートのどの部分が弱いとか、逆に強過ぎるとか、そういったことをクラスメートが主軸でできていた。俺は本当に感想しか言っていない。俺の感想すらも課題の一部として吸収し、一週間前の時点で限りなく完成に近かった。途中発表の時点で出来上がっていたのだから。
 当日、三組は大トリを務めた。一年生三クラス、二年生三クラスが発表し、給食を食べて三年生の発表という流れだ。一組も二組も完全に仕上がったな、と素直に思えた。しかし三組は圧倒的だった。声量がまず段違いで、更に練習を重ね続けた自信が全員の瞳に映っていた。俺は結果発表の前に感動して泣いていた。

 後期の学級委員、推薦で選ばれたのは雅と平野。当人の二人も納得していて、教師を始めて以来一番スマートに決まった選考だった。書記に木ノ原と吉田が入り、改めて見えない「壁」が砕け散ったことを感じる。九月になってから、二人の勇気ある告白を意識して日々の生徒の様子を見ていると、その裏付けが鮮明に見えるように思えた。それは学年スタッフ一同も理解してくれた。見えない何かに「抑圧」されているような一組と二組。その何かを崩し切った三組。それがまさに如実に表れた。

 放課後、副担任に撮ってもらった写真を見る。俺も写ったので全員の表情は見切れなかったが、こうして見ると全員が心の底から笑っていると確信できる。フォルダから今年一番最初に撮った学級写真を引っ張り出して比較してみると、どこか菊宮小出身の三人はぎこちないというか、「無理矢理作った笑顔」みたいに見える。
 次は体育祭がある。二年前の一日延期になった体育祭がずっと頭から離れてくれない。去年何事も無く終わったのは、あの二人がいなかったから。なんて教師失格の思考が浮かんでしまった。反省、反省。

 今日は主任の計らいで十八時半に三年職員が全員で退勤し、小規模な打ち上げということで会食を開いた。
「三年三組、グランプリおめでとうございます!一組も、二組もとても素晴らしい歌声でしたよ。ご指導お疲れさまでした。」
 主任の合図で乾杯。とは言っても少しお洒落なレストランの一部を貸し切り状態にして、アルコールは誰も頼んでいない。飲み会、というのは感染症が五類に引き下がっても遠慮しなければならないムードが未だに漂っている。
「いやぁ、三組には完敗でした。夏休みが明けてからクラスの色がうちや二組と明らかに違いますよ。本当に、小関と木ノ原が打ち明けてくれた通りでしたね。」
 俺よりずっとベテランの相原先生に褒められ、照れ笑いが隠せない。だがスタッフ全員の中にはまだ緊張感が残っている。「文化の秋」に続くのは、「スポーツの秋」。
 うちの学校は、赤組・黄組・青組に分かれる。そしてその割り振りは各学年一組・二組・三組の縦割りだ。その為、他の学校で勤務した経験が多い先生は年度初めに「学級編成がどこよりも大変だ」とぼやいている。
「今年の体育祭は、何事もないといいですけどね。あまりこういう言い方するのって良くないとは思うんですけど、彼ら二人が無事に登校できていますから。火種にならないといいですけど…。」
 沢村先生が心配そうに俺と主任を交互に見ながら話す。俺も危惧しているが、他の先生たちも一緒だ。
「まぁね…。光佑くんが襲われた事件が夏休み始まってすぐにありました。多分実行犯も、夏休みの期間でほとぼりが冷めるのを狙ってたんでしょう。それに、光佑くん基本一人暮らしみたいなものだから。お父さんも雅くんのお婆さんも大事にしなかったからよかった、いや、よくないわよね。体育祭まで、気を引き締めていきましょう。まずは合唱祭お疲れ様よ。ゆっくり美味しい料理を食べてリフレッシュしましょ。」
 会談を重ねながら、スタッフに恵まれているとしみじみ思う。四月、三年目のリーダーとなる主任はピリピリしていたけれど、あれは三月の暮れにあった校内喫煙事件が火種だったのだろう。当事者が瞬く間に人望を取り戻して活躍する姿に、主任も肩の荷がひとつ降りたみたいだ。

 週明け、早速体育祭の打ち合わせや練習が行われた。五時間目の学活で、どの競技に誰が参加するのか、応援団には誰が出るか、等の打ち合わせだ。まぁ小規模な体育祭なので応援団のパフォーマンスといった練習に多くの時間を要する種目は見送られたままだが。
「今年の競技はこれ。っても俺体育祭初めてでよく分かんないから、平野っぴとキノちゃん中心に頼むわ。」
 見る人が見れば、委員長という立場そのものがひっくり返りそうな発言を平気でする雅。だがそれを笑って許してくれる級友たち。俺が担任するクラスは、基本的に学級会等は生徒主軸でずっとやらせている。慣れるまでは長引き、グダグダになってしまうこともあるが、それを乗り越えて司会進行の学年委員は勿論、引っ張られる側の教え子たちも変わろうとしてくれる。今年は、特に顕著だ。
「はいよ、吉田も仕切るぞ。この調子で文武両道取ってやろうぜ!」
「あいよ!記録とサポートは任せとけ!」
 キノちゃん、なんて呼ばれるくらい打ち解け合った二人もそうだが、夏休みが明けてからの吉田の成長ぶりは凄まじい。吉田は表舞台に立つようなタイプではなく、どちらかといえば指揮を執ることも勉強も一歩遅れがちだった。しかし一丸となった三組は自信を持って学級会の一端を担えるようにサポートし、応援した。体育祭もかなりいい雰囲気で臨めそうだ。
「決まるのはやっ!晴野っち、もう全部決まっちゃったよ。流石三組、委員長が俺みたいなのでもさっくりいっちゃうんだね。」
 三年間見てきた教え子の成長をじっくり感じていたら、いつの間にか決定事項は全て決まっていた。
「晴野ちゃん、なんか面白い話してよ!」
 茶化す木ノ原を軽く注意しつつも、俺も激励の言葉を贈る。
「いやもう、本当に流石だ!夏休みが明けてから、三年三組は間違いなく成長した。合唱祭の時に見せてくれた団結力をもう一度見せてくれ。体育祭が終わったら、本格的に受験にスイッチしなきゃいけないからな。いい思い出を作れるように皆で頑張ろう!運動ってのは合唱以上に得意・不得意がはっきりしてしまう。だけど君たちなら支え合っていい結果を出せるって信じてるからな!ファイトだ!」
 三年生にもなって、「おーっ!」と無垢に返してくれることがまた嬉しい。幼いのではなく、全員の目的地が同じところにあるからだろう。中途半端に残った時間は雑談に回し、和やかなまま帰りのホームルームを終えた。

Next…


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