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青い春夜風 25

Before…

【二十五】

 夏休みのド頭で襲われてから、あれは何事だったのかと思うほど何も起きないまま、夏休みの最終日が訪れた。あれから親父は帰ってきていない。医者には雅のばーさんがその都度連れて行ってもらい、あの怪我はもう完治したと言っていいくらい回復した。

「今日の晩飯は?手伝うよ!」
「んじゃテーブルの上片付けて拭いといてくれ。メシ食ったら俺がシャワー浴びっから、先済ませちまえ。上がる頃には天ぷらも揚がる。蕎麦はお前の準備ができたら茹でる。」
「あいあい!」
 夏休み、こいつはほぼ毎日うちにいる。食材の買い足しは「雅の面倒をみてくれてるから」とばーさんが払ってくれている。申し訳ないくらいなのだが、当人は気にも留めず爛漫に過ごしている。俺も、きっとばーさんもその方が安心するが。

 他の連中とは、うちに見舞いに来てもらって以降会わなかった。俺達はスマホ持ってないし、受験勉強で忙しいのだろう。
 ドライヤーの音が聞こえ始めたので、沸騰させたお湯に乾麺の蕎麦をぶっこんでほぐした。風呂上がりの雅が出てくると同時に茹で上がり、水気を切って冷水で締めて完成だ。
「流石お料理番長!天ぷら蕎麦なんて豪勢だねぇ!」
「言っても竹輪と野菜のかき揚げぐらいだけどな。蕎麦は多めに茹でたからお替りもあるぞ。」
 八月最後の夜は涼しく、室内を爽やかな風が駆ける。冷やしたつゆに浸して食べる蕎麦がちょうどいい。たまに温かくてカリッとする天ぷらがベストマッチ。料理ができるメリットの一つは、食いたい時に食いたいもん用意できることなんだよなぁ。増して、自分が作ったものを美味そうに食ってくれる客がいるなら尚更だ。
 雅が蕎麦を足しに行った時、玄関をノックする音が響いた。このノックの仕方は晴野先生ではない。蕎麦を持ったまま雅が鍵を開けた。
「メシ時だったか、悪い。塾の帰りに寄ったもんでな。」
「おう、篠に小関。珍しいコンビじゃんか。」
「夏期講習で入った塾が篠と一緒だったんだ。美味そうなの食ってんな、手作り?」
「光佑の手作りだよん、一緒にどう?」
「お前が決めんなっての。まぁまだいっぱいあるけど、食うか?」
 二人とも家で食うからいいと言うのだが、雅が「うめぇから、まじで!ほんとに!」と押すものだからかき揚げを一つずつ振る舞った。
「うわ、めっちゃうめぇじゃん!すげぇな光佑!」
 小関に絶賛され、少しばかり嬉しくなる。
「まぁ実質一人暮らしだしな、慣れれば簡単だよ。」
 篠は小学校の頃からの付き合いなのでうちの事情は多少知っている。しかし、小関は木ノ原と和解した後に仲良くなったのでその辺りは曖昧だったようだ。母親は俺を産んですぐ死んだことを伝えた。
「…そうだったんか、それでこないだもお前ら以外いなかったんか。なんかごめん…。」
「いや別にというか全く気にしねぇよ。仕方ねぇことだし、結構フリーダムだし。」

 一瞬漂った気まずい空気を吹き飛ばしたのは、雅だった。
「二人ともさ、ちょっと付き合ってくれよ!」
 蕎麦を食べ終え、食器は雅が洗ってくれると気を利かせてくれたので素早くシャワーを浴び、出かける格好に着替えた。
「ほいこれ、うちの商店から持ってきたジュース。光佑はどーする?」
「何がどーするだ、お前と同じの寄越せ。」
 缶ビールを二本、ジュースを二本。自転車の籠に放り込んで四人で走り出した。勉強の進捗や夏休みの思い出なんかをまったり話しながら。
「着いた、今日は大丈夫だ。職員室電気ついてないし車もいねぇ。」
 目的地は学校だった。各々で飲み物を持ってグラウンド側の裏門を飛び越えて鉄棒によじ登り、四人並んでジュースを飲んだ。
「わざわざ登校日の前日に学校来なくても…。まぁジュースに美味いかき揚げも貰ったし、暫くぶりだから付き合うけどさ。」
 篠が軽く不貞腐れるふりをする。
「あ、そういえばお前ら三年になる直前にここで酒と煙草やってたって噂聞いたぞ!すっかり忘れてたけど。」
 あはは、と笑い返すのは勿論雅だ。
「あの時は晴野っちに見っかっちゃってね、ちゃんとお説教されたよ。ここには光佑としか来たことなかったから、四人って新鮮。」
 煙草を吸いながら夜空を見上げる。俺らも続いて空を見た。程良く強い風に薄い雲が流され、時々星や月が見える。
「この後は合唱祭と体育祭あって、そっからは本格的に受験ムードになるんだろうな。俺は光佑と毎日青春の日々だったけどさ、お前らはどう?青春してる?」
 風の吹く音が大きく聞こえた。篠と小関、それぞれが頷く。
「俺はあのファミレスの日からかな、青春してんなって思えるの。」
「悪かったって篠。俺ら北小組の大半は反省してっから。むしろ目ぇ覚まさせてもらってから、あのレクの日とか今思えばすっげぇ青春だったよ。」

 青春。今更俺に襲撃かけた奴らに報復しようなんて微塵も思わない。まぁ反省してもらう時が来ればいいとは思っているが。看病や勉強に付き合ってくれたお陰で、毎日雅と一緒に過ごした夏休み。青春だった。
「今日はいい風が吹くな。俺らさ、多分九月からも風当りきちぃと思うけどさ、これからもいい感じでやってこうぜ、よろしくな。」
 ビールを一気に飲み干して鉄棒から飛び降りた。相変わらず雲の流れは速いが、雲が晴れて綺麗な月が顔を出した。続いて篠が飛び降りる。
「当然!お前らとは元々付き合い長いし、二人のお陰でこうやって塾行くだけで友達と会って楽しくしてられんだからよ。」
「そうだよ、キノが詫び入れた時に俺だって改心したんだぜ。調子こいてたなって。三年も残り半分ちょいだけど、色々一緒に頑張ろうや。」
 続いて飛び降りた小関も嬉しいことを言ってくれる。夜もだいぶ遅くなってきたので塾帰りの二人は帰っていった。寄り道をすると親御さんに伝えてはきたが、流石にけっこうな時間だ。
「雅、帰んべ。続きはうちでやろうや。天ぷらまだ残ってるし。」
 幼馴染は「おぅ」といって飛び降りたが、既に軽く酔っ払っているようで着地に失敗してひっくり返ってしまった。
「えへへ、失敗。これはさっさと寝ろってことだな。悪いコトはほどほどにしてもう寝よ。」
「酒飲んでチャリ乗るのも立派な悪いコト、だけどな。」
 夏の終わりに吹く涼しげな追い風に乗って、自転車を漕いで家路を走る。青春って、こういうもんなんかなぁ。

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