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いつかまた一人で泣けるように

約4年を過ごした東京での一人暮らしに別れを告げ、ついに実家に戻ってきた。

私は東京で一人きりで暮らす生活が好きだった。
金曜22時にスーパーに寄り、自分で稼いだお金で好きなものを買うこと。
お皿洗いも洗濯も、自分がしなければ全て自分に降りかかってくること。
自分で選んだ場所で、自分で選んだ部屋に住み、自分で選んだ道を歩むこと。
少しずつ大人になっていく中で、一つずつ積み重ねてきた時間はいつしか、私の宝物になっていた。

引っ越す前、部屋を整理するために一度実家に戻った。
まだ私が子どもだった頃の懐かしいものがたくさん出てくる。
昔の匂いが染み付いたものを、4年前と何ら変わらない部屋に収めていく。
一つ一つ仕舞っていくたびに、私はどんどん悲しくなってしまった。

時が止まったこの部屋に、私は数日後、本当に戻るんだ。
私が積み重ねてきた時間は、いったいどこへ行くんだろう。

整理を終えて東京の家に帰り、少し荷造りを進め、大きいとはいえないお風呂に浸かる。
やっと一人きりになれた自分の家で、私はいつのまにか泣いていた。

悔しさ。寂しさ。もっとどうにか出来たのではないかという後悔。
会社を辞めたときは、何も感じなかったのに。
だから私は落ち込んでなんかいない、と思っていたのに。

私はいま自分の力でお金を稼げていないこと。
自分の暮らしを自分でなんとかすることすら出来ないこと。
だから大好きな東京での暮らしを捨てざるを得ないこと。
そのどれもが、自分自身で選択してきた結果だということ。

実家に戻ることを理解したとき、会社を辞めたときには感じられなかった悔しさも寂しさもすべて、一気に私に襲いかかってきた。
あのとき違う何かを選んでいれば、私は大切なものを手放さずに済んだのかもしれない。
私はちゃんと落ち込んでいた。ちゃんと挫折していた。
そしてちゃんとわんわん泣いた。
大声で泣いても気付かれないことも、一人暮らしのいいところだと思った。

ただ、私は少し勘違いをしていたみたいだ。
引っ越しが進み、部屋がだんだんと片付いていったとき、私は不思議と寂しさを感じなかった。
ここに住むと決めたときのまっさらな状態に戻った部屋は、もう私が愛した場所ではなくなっていた。
どこかへ消えてしまうのかと思っていた積み重ねてきたものたちは、引っ越し屋さんのトラックに乗って、実家の部屋にきちんと運ばれていたのだ。

どんな夜も一緒に眠ったベッド。寂しいときのお供になってくれたテレビ。
4年前から時が止まっていた実家の部屋は、4年のあいだに染み付いた匂いも加わって、これから時間を重ねていく新しい部屋へと様変わりした。

積み重ねてきたものたちはきっとこれからも残っていく。
それは、あの夜に感じた悔しさ、寂しさ、後悔も同じだ。

この部屋にいたままじゃ、言葉にならない夜に大声で泣くことは出来ない。
早く、この家を出なければ。
早く、自分の力で生きていけるようにならなければ。

母は私ともう一度一緒に暮らせることを喜んでいた。
同時に、心配もしていた。口にはしないけれど。
いつか遠くの未来から今を切り取れば、きっと泣きたくなるほど尊い時間なのだろう。

束の間だけ、もう一度あなたたちの力をお借りします。
今度こそ一人で生きていけるように。

健やかに文章を綴るためにアイスクリームを買いたいです。読んでくれて本当にありがとう。