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映画『ナワリヌイ』(2022)の感想

映画『ナワリヌイ(原題:Navalny)』を映画館で観てきた。

ナワリヌイって地名だっけ? ロシアに関するドキュメンタリーという程度の知識で観に行ったのだが、すごい映画だった。

アレクセイ・ナワリヌイさんは、反プーチンの反体制派で大統領選挙への出馬まで考えていた人物である。

監督はダニエル・ロアー、98分のアメリカのドキュメンタリー映画である。舞台はロシアだが、アメリカ側からの視点の作品だと、ちゃんと踏まえて鑑賞したほうがよい。

2020年8月、ナワリヌイは移動中の飛行機内で毒物(ノビチョク)で暗殺されそうになる。奥様がロシアの病院は信用できないと訴え、ドイツの病院に移送され、彼は一命をとりとめる。

ノビチョク(ロシア語: Новичо́к, 英語: Novichok, 意味は「新参者」)とは、ソビエト連邦とロシア連邦が1971年から1993年に開発した神経剤の一種である。この神経剤を開発したロシアの科学者は、VXガスと比べて5倍から8倍、ソマンの10倍以上の致死性があると主張している。

Wikipedia

ノビチョクを盛られたことを知ったナワリヌイのリアクションはとても面白かった。「そんなわかりやすいことする? 信じられない。ロシア政府の犯行だと自ら告白しているようなもの」とユーモラスに話している。

元気になったナワリヌイは、自分を暗殺したチームにゲリラ的に電話をかけ、暗殺方法を暴露するように仕向ける。「事件の報告書を書かなければならない。なぜ、失敗をしたのをか知りたいんだ」と相手の警戒心を解き、本当のことを言わせてしまう。

こういったドッキリ映像のようなものをYoutube、TikTok、Twitterなどに投下して、注目を集め、存在感を高める。プーチンが会見をしたあとにアップロードすることで、アクセスは集中し、1時間に100万回再生などされる様子が映し出される。それが現代の弱者が戦う方法の一つなのだろう。

このナワリヌイの調査チームというのは、映画に登場するのは3名、あとの4名は家族で、本人を入れても8名しかいない。映らないところに、もっといるのだろうけれど、20名ぐらいの小さなユニットで動いているのではないか。しかし、与えられるインパクトは、プーチン政権(ロシア政府)を苛立たせるには十分なのだ。結局、ナワリヌイは2021年2月から刑務所に収監されている

SNSってすごい。アイデアと勇気とほんの少しのユーモアがあれば、巨大な権力と闘えるのだ。プラットフォーマーであるSNS事業者の責任が日増しに重くなっていく。中国のようにアクセスを遮断しても、VPNがあり、民衆は抜け道を探し出せる。

でも、これって、巨大な権力者と闘うからこそ、意義があるのだ。道行く人にいたずらや嫌がらせをするような動画は見たくもない。

映画では自分の支持勢力を強化・拡大するために極右団体やネオナチに接近していたナワリヌイの過去の政治活動にも触れられている。彼はクリーンなだけではない。言論の自由、基本的人権、公正な選挙をもぎ取るため、危うい橋もわたっていた。そこに言及しているという点ではフェアな作品であると思う。彼は「英雄」「ヒーロー」ではない。しかし、そういった政治活動は、ナワリヌイを逮捕してもいい理由にはならないだろう。

ドキュメンタリー映画監督のマッツ・ブリュガーにも似ているが、それよりはずっと抑制的で、ユーモラスな印象もある。それはひとえに、ナワリヌイの性格、生来の明るさによるものなのかもしれない。

電波少年のゲリラ的な手法もあったのだし、日本の視聴者、観客も、批判やアイロニーを楽しむ素養はあると思うのだが、こういうチャレンジングな作品をめっきり目にしなくなったなあ、と思う。

(言論統制、貧すれば鈍する、余裕がない、基礎教養がないとか、いろいろと原因は思い浮かんではくるのだが、どれも決定打にはならない感じがする。だからこそ、打開策も見つからないのよねえ)

あと、ナワリヌイ支持を表明して、警察に連行されていくロシアの普通の人々がたくさんいることも、この映画によって可視化されている。プーチンは、ナワリヌイだけでなく、そのような普通の人々も怖いのだろうな、と思われる。

ナワリヌイの「わたしたちはパワーを持っているのに、そのことに気付いていない」という励ましは、重いが心強く感じられる言葉でもある。

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