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映画『誰がハマーショルドを殺したか』(2019)の感想

マッツ・ブリュガー監督・脚本の映画『誰がハマーショルドを殺したか』を映画館で見てきた。

国連事務総長のハマーショルド(スウェーデン人)が1961年9月に飛行機の墜落事故で亡くなった。コンゴの動乱を停めるための途中ローデシア(現ザンビア)で、事故は起き、当時詳細な調査は行われなかった。

恥ずかしながら、この映画を見るまで、ハマーショルドの存在自体を知らなかった。

ハマーショルドはすべての民族の独立を支持する理想主義者だった。そのことが気に食わなかった欧米列強によって暗殺されたのではないかということが冒頭で示唆される。

面白かったけれど、監督・脚本家兼主演のマッツ・ブリュガーが気になってしょうがない。声が甲高くて、いつも興奮気味で、鬱陶しい。町山さんの話によれば、かなり出たがりの人のようである。

事実は小説より奇なり、という言葉は本当にそうだと思う。読み書きができる、それなりの教育を受けた作家の想像力など、サイコパス的な人々は容易に飛び越えていく。昨今の殺人事件のニュースなど、あまりに荒唐無稽で、小説にも映画にもできないような事件が少なくない。

墜落現場でハマーショルドの飛行機の残骸を掘り起こそうと試みるマッツ(監督)とヨーラン(事件の調査員)の姿は、さながら電波少年である。「手にマメができた。痛い。ジェルある? 暑くてやだ。もうやりたくない! やだやだ」みたいなマッツは、ヒッチハイクの旅で、愚痴りながら山道を歩いていた有吉とそれほど変わらない。

(私はあのヒッチハイクの旅で、大人がぶつぶつ文句を言っているのが子どもながらに面白かったのだが、あの当時の有吉さんは非常に若く、今思えば大人ではなかった)

この愚痴の場面を境に、ストーリーは大きく展開していく。

キース・マクスウェルという人物がどうやらキーパーソンで、というところから、ホラー、ミステリー、オカルトチックな展開になる。

(ちなみに、このマクスウェルという男は、よく見ると野村克也監督に激似である)

マクスウェルがサイマー(南アフリカ海洋研究所)を組織し、民族浄化のため(アフリカ人を減らすために)、各地で診療所を開設し、AIDSの予防接種を黒人の人々に呼びかけ、HIVウィルスをばら撒いていた、という驚愕の事実にたどり着く。ただ、この件に関して、まだ調査が行われている段階で真偽のほどは定かではない。

民族浄化の対象がアフリカの黒人であるため、どこか他人事のように見ていられた。もし、アジア人、日本人に対して行われたかもしれないと思えば、観客(私)は恐怖に震えたのではないか。Black Lives Matter も、白人に対する反撃ではなく、根本にあるのは、いつ自分や家族の命が奪われるかわからないという恐怖なのだろうと思う。

(もちろん、日本人も、ジェノサイドに無関係なほど、無垢な民族ではない)

排他的であるのは、何も白人や先進国に限った話ではない。いつだって、人間は愚かになれる。だからこそ、知性と理性を鍛えなければならない。そして、それは本当に難しいことだと思う。

マッツ監督は、「これはフィクションではない。ドキュメンタリー映画だ」と主張する。そのことを否定する気はないが、この監督の声と相まって、終始ガチャガチャしているのである。マクスウェルというサイコ野郎のホラー感も、マッツ監督のせいで、和らいでしまっている面があるのは否めない。

願わくは、フィクションとして、もう一度映画化してほしい。バディものの、ドタバタ珍道中ミステリーが見たい。

(調査員のヨーランは、かっこいい大人の男性で、ずっと素敵だった。多分、マッツ監督の悪口も、きっと言わない人だと思う)


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