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【勝手に現代語訳】三遊亭円朝作『怪談牡丹灯籠』第2話(全22話)

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 さて、飯島平太郎様は、二十二歳のときに悪者を斬り殺しても、ちっとも動ぜぬ剛気の胆力でございました。年を取るにしたがって、ますます智恵が進みました。その後、お父様がお亡くなりになり、平太郎様は家督を相続され、お父様の名跡をお継ぎになり、平左衞門と改名されました。

 水道端の三宅様という旗下から奥様をお迎えになりまして、ほどなく女の子が生まれました。その名をお露様と言い、すこぶる器量がよく、美しい女の子でした。両親は手のひらの中の玉と愛で、慈しみました。あとに子どもはできませんでしたから、一粒種となれば、なおさらに可愛がって育てているうちに、ひまゆく月日に関守なく、つまり、時を止めることはできず、今年もうお嬢様は十六の春を迎えられます。お家もいよいよ御繁昌でございましたが、満ちれば欠けるのは、世のならいでございます。奥様はふとしたことが原因となり、ついに帰らぬ旅路に赴かれました。

 この奥様のお付きに、お國という女中がございまして、器量人並に外れて優れ、ことに立ち回りに如才なく、殿様にも独り寝の寝室が淋しいところから、早晩、このお國にお手がつき、お國はとうとうお妾となりました。奥様のない家のお妾なれば、羽振りもずっとよろしい。然るに、お嬢様はこのお國を憎く思い、お互いに摩擦が起き、どんどん仲が悪くなっていきました。お嬢様が「くに、くに」と呼びつけますと、お國はお嬢様に呼び捨てにされたことに腹を立て、お嬢様のことを悪し様に殿様にあれこれ告げ口をいたします。お嬢様とお國とのあいだは、なんとなく落ち着かず、されば飯島様もこれを面倒なことになったなと思うようになりました。柳島の辺りの、ある寮を買い、お嬢様にお米と申す女中をつけて、この寮に住まわせ、別居させることにいたしました。これが飯島様のあやまりで、お家の悪くなるきっかけとなりました。

 さて、その年も暮れ、明くれば、お嬢様は十七歳になりました。ここにかねてより飯島家へ出入りしている医者の山本志丈と申す者がございます。この人はもともと、漢方医学の一派の古方家ではありますけれど、実はおべんちゃらのうまい藪医者でございました。人助けのために匙を手に取らないという人物でございます。大概の医者は、ちょっとした紙入れの中にも丸薬か粉薬でも入っていますが、この山本志丈の紙入れの中には手品の種や厚紙で作られた百眼などが入れてあるぐらいです。

 さて、この医者の知り合いに、根津の清水谷に田畑や貸長屋を持ち、その収入で暮らしを立てている浪人の萩原新三郎(はぎわらしんざぶろう)と申す者がおります。生まれつきの美男で、年は二十一歳なれどもまだ妻をめとらず、独身で暮らし、男やもめに似ず、極めて内気でございますから、外出もせず、閉じこもり、鬱々と書物を読んでばかりいました。

そこへ、ある日、藪医者の山本志丈が尋ねて参りました。

「今日は天気もいいのだから、亀井戸の臥竜梅(がりょうばい)へ出かけませんか。その帰りに、僕の知り合いの飯島平左衞門の別荘へ立ち寄りましょう。いえさ、君はもともと内気だから、婦女子に興味がないのかもしれないが、男子にとっては婦女子ほど楽しみなものはありませんよ。今、申した飯島の別荘には婦人ばかりで、それはそれは、とてもべっぴんなお嬢様と親切な忠義の女中と、ただ二人きりですから、冗談でも話しに行きましょう。本当にお嬢様の美しさを見るだけでも結構なくらいです。梅もよろしいが、梅は動きもしないし、口もききません。されども、婦人は口もきくし、動きもします。僕などは助平だから、よほど女の方がよろしい。まあ、ともかく来たまえ」

そのようにして志丈は、新三郎を誘い出して連れ立って、臥竜梅へ参り、その帰り道にある飯島家の別荘へ立ち寄ったのです。

梅の花

「ごめんください。誠にしばらくですね」

志丈の声を聞きつけ、女中のお米が出てきました。

「どなたさまですか。おや、よくいらっしゃいました」

「これはお米さん、ついにない存外の御無沙汰をいたしました。お嬢様にはお変りもなく、それは、それは、この上なく喜ばしいことですね。牛込からここへお引き移りになりましてからは、なにぶん遠方ゆえ、存知ながら、御無沙汰になりまして、誠にすみません」

「まあ、あなたが久しくお見えになりませんから、どうなさったかと思って、毎度お噂をしておりました。今日はどちらへ」

「今日は臥竜梅へ梅を見に出かけましたが、梅見れば方図がない(上を見ればきりがない)なんて駄洒落の通りで、まだ飽き足らず、お宅のお庭の梅の花が拝見したくて参りました」

「それはよくいらっしゃいました。まあ、どうぞ、こちらへお入りください」

お米は庭の切戸を開けます。
「失礼します」
志丈と新三郎が庭口へ通ると、お米は愛想よく言いました。

「まあ、一服、お召し上がりください。今日はよくいらっしゃいました。普段は、わたくしとお嬢様ばかりですから、淋しくて困っているところ、誠にありがとうございます」

「結構なお住まいですな。さて萩原氏、今日、君の歌には恐れ入りましたな。何と申したかな。ええと『煙草には燧火(すりび)のむまし梅のなか』とは感服感服。僕のような横着者は出る句もやはり横着で『梅ほめて紛らかしけり門違い』かね。君、本ばかり読んで鬱々としてはいけませんよ。さっきの酒が残っているから、一杯あがれよ…。何ですね、いやです? それでは一人で頂戴いたします」

志丈が瓢箪を取り出すところへお米がやってきました。

「どうも、誠にしばらく」

「今日は嬢様にお目にかかりたくて参りました。ここにいるは僕の大親友です。今日はお土産も何にも持参いたしません。えへへ、ありがとうございます。これは恐れ入ります。羊羹ですね。結構、萩原君も召し上れよ」

お米がお茶を入れに部屋を出て行った後ろ姿を見送ってから、志丈が言います。

「ここのうちは女二人きりで、菓子などは方々から、もらっても、食いきれずに積み上げているんですよ。みな、カビを生やかして捨てるくらいだから、食ってやるのが、かえって親切になるんだから、食べろよ。それから、このうちのお嬢様は、実に天下にない美人です。今においでになるから、御覧なさい」

二人がおしゃべりをしているところを向こうの四畳半の小座敷から、飯島のお嬢様のお露が人珍しさから、障子の隙間より覗いてみます。山本志丈のそばに座っているのは、例の美男である萩原新三郎です。男ぶりといい、人柄といい、月の眉、女性のように美しい優男だから、ゾッと身に染みます。どうした風の吹き回しで、あんな綺麗な殿方がここへ来たのかと思うと、カッとのぼせて、耳たぶまで火の如くカッと真っ赤になります。なんとなく間が悪くなりましたから、はたと障子を閉めきり、うちへ入ったのですが、障子のうちでは新三郎の顔が見られないから、また、そっと障子を明けて庭の梅の花を眺めるふりをしながら、ちょいちょいと新三郎の顔を見て、また恥ずかしくなり、障子のうちへ入るかと思えば、また出てきます。出たり引っ込んだり、引っ込んだり出たり、もじもじしているお嬢様を志丈は見つけました。

「萩原君、君をお嬢様がさっきからしげしげと見ておりますよ。梅の花を見るふりをしていても、瞳は全部こちらを見ているよ。今日はすっかり君にやられたね」

志丈がお嬢様の方を見て、おどけて言います。
「あれ? また、引っ込んだ。あら、また出た。また引っ込んだ。引っ込んだり出たり、引っ込んだり。まるで鵜の水飲みだね」

志丈が騒ぎどよめいているところへ、女中のお米がやってきました。
「お嬢様から一献申し上げますが、何もございません。ほんの田舎料理でございますが、ごゆるりとお召し上がりください。あなたの御冗談を伺いたいとおっしゃいます」

お米は酒と肴を二人に出します。
「どうも、恐れ入りましたな。へい、これはお吸い物、誠にありがとうございます。さっきから冷酒は持参いたしておりますが、お燗酒はまた格別、ありがとうございます。どうぞ、お嬢様もいらっしゃるようにお伝えください。今日、見たかったのは梅じゃない。実はお嬢様を、いや、何」

「ほほほほ。ただいま、左様に申し上げましたが、お連れのお方は御存知ないものですから、間が悪いと仰います。それなら、およしあそばせと申し上げたところが、それでもお会いになりたいと仰います」

「いや、これは僕の真の友、竹馬の友と申してもよろしいぐらいのもので、御遠慮には及びません。お嬢様にお目にかかりたくて参りました」

やがてお米はお嬢様を伴い、やって来ました。お嬢様は恥ずかしそうにお米の後ろに座って小さな声で「志丈さん、いらっしゃいませ」と言ったきり、黙ってしまいました。そして、お米がこちらへ来ればこちらへ来たり、あちらへ行けば、あちらへ行き、始終女中の後ろにくっついています。

「存じながら御無沙汰になりまして、御無事で何よりです。この人は僕の知り合いの萩原新三郎と申します独り者でございますが、お近づきのため、ちょっとお盃を頂戴いたしましょう。おや、何だかこれでは御婚礼の三々九度の盃のようでございますね」

少しの間断もなく、山本志丈が二人をからかっておりますと、お嬢様は恥ずかしいが嬉しくて、萩原新三郎を横目にじろじろと見ないふりをしながら、じっと見ております。気があれば、目も口ほどに物を言う、というたとえの通りです。新三郎もお嬢様の艶姿に見惚れ、魂も天外に飛んでいきそうです。そうこうするうちに夕景になり、灯りがちらち点く時刻となりましたけれど、新三郎は一向に帰ろうと言いません。

「たいそうに長座をいたしました。さあ、お暇をいたしましょう」
「何ですねえ、志丈さん。あなたはお連れ様もありますから、まあいいじゃありませんか。お泊りなさいな」

女中のお米が帰ろうとする山本志丈を引き止めます。すると、新三郎が口を開きます。

「僕はよろしゅうございます。泊って参ってもよろしゅうございます」
新三郎が泊ってもいい、と言い出して、山本志丈はまずいなと思って、こう言いました。

「それじゃ、僕一人憎まれ者になるのだな。しかし、またこんなときは憎まれ役になるほうが、かえって親切になるかもしれないな。今日はまず、これまでとして、おさらば、おさらば。新三郎さん、帰りましょう」
志丈が帰ろうと新三郎を促しますが、反応が悪く、新三郎はお米に尋ねます。

「ちょっと、便所を拝借したいのですが」
「さあ、こちらへいらっしゃいませ」

お米が先に立って案内をいたし、廊下伝いに参ります。

「ここがお嬢様のお部屋でございますから、まあお入りになって、一服召し上がっていらっしゃいまし」

新三郎はお米に礼を言い、便所へ入っていきました。新三郎が用を足しているあいだにお米はお嬢様の部屋に入り、こう言いました。

「お嬢様、あのお方が用場から出ていらっしゃったら、水をかけてやりなさい。手拭いはここにございます」

湯桶と新しい手拭いをお嬢様に渡します。お米はお嬢様が新三郎の手を拭いてやったら、あのお方もさぞお嬉しかろう、と考えました。新三郎も、お嬢様を気に入っている様子だ、と独り言を言いながら、元の座敷に戻ります。忠義も度を外すとかえって不忠に陥ります。お米は決してお嬢様に淫らなことをさせるつもりではないが、いつもお嬢様は別に楽しみもなく塞いでばかりいらっしゃるから、こういう冗談でも少しは気晴らしになるだろうと思い、主人のためを思ってしたのでした。

 さて、新三郎が便所から出て参りますと、お嬢様は恥ずかしい気持ちでいっぱいで、ただぼんやりとして、お水を掛けましょうとも何とも言わず、湯桶を両手に支えている姿を新三郎は見て取りました。

「これは恐れ入ります。お世話になります」

新三郎が両手を差し伸べれば、お嬢様は恥ずかしさで一杯になり、目が眩み、見当違いのところへ水を掛けておりますから、新三郎の手もあちこち追いかけてようやく手を洗い、お嬢様が手拭いをと差出します。もじもじしているうちに、新三郎もこのお嬢様は真に美しい人だと思い詰めながら、すっと手を出して、手拭いを取ろうとすると、まだもじもじしていて放さないから、新三郎も手拭いの上から、こわごわとその手をじっと握りました。この手を握るのは誠に愛情の深いものでございます。お嬢様は手を握られ、真っ赤になって、またその手を握り返しています。

こちらでは、新三郎が便所へ行ってから、あまりに帰ってこないので、手間取っているのを志丈が訝り始めました。

「新三郎君は、どこへ行かれました。さあ、帰りましょう」

志丈が大きな声で急き立てます。お米は誤魔化そうとします。

「あなた、何ですか。おや、あなたの頭のつむりがピカピカ光ってまいりましたよ」
「何さ、それは灯りで見るから光るのですわね。萩原氏、萩原氏」

新三郎を繰り返し呼び立てます。

「何ですかねえ。ようございますよ。あなたは、お嬢様のお気質も御存じではありませんか。お堅いから、差し支えることはありませんよ」

二人が話しているところへ、ようやく新三郎が出てきました。

「君、どちらにいました。さあ、帰りましょう。左様なれば、おいとま申します。今日はいろいろごちそうになりました。ありがとうございます。」

「さようなら。お草々さま。さようなら」

志丈と新三郎の両人は連れ立って帰りましたが、帰り際、お嬢様は新三郎にだけ聞こえるようにささやきました。

「あなたが、また来てくださらなければ、わたくしは死んでしまいますよ」
はかりしれないほどの情念を含んで言われたその言葉が、新三郎の耳には深く残りました。しばしも、忘れる暇はありませんでした。


◆場面と登場人物

・飯島平左衛門(飯島平太郎)…お露の父親

・お國…もとは奥様の女中。現在は飯島平左衛門の妾

・お露…飯島平左衛門の娘。柳島(現在の墨田区と江東区の地域)に移り住む

・お米…お露の女中

・山本志丈…藪医者、薬の代わりに手品を持っている。萩原新三郎をお露に引き合わせる

・萩原新三郎(はぎわらしんざぶろう)…山本志丈の知り合い、お露が一目惚れをしてしまう美男子

◆語釈と注釈

・亀戸の臥竜梅…現在の亀戸の梅屋敷
・臥竜梅…梅の品種。幹が低く枝が地上をはった形を臥した龍になぞらえたもの。江戸亀戸の古木が有名。

・萩原新三郎の歌『煙草には燧火(すりび)のむまし梅のなか』は、鈴木春信の錦絵の臥龍梅(がりゅうばい)の絵を念頭に歌っているのかもしれない

・お草々さま…お礼に対して謙遜していう挨拶。もてなしが十分ではなく失礼した、というニュアンス

◆感想と解説

第1話から時間が流れ、飯島家には娘が生まれ、その娘であるお露が美青年の新三郎に一目惚れし、恋に落ちるまでが、第二話である。

近世文学において、少女が恋焦がれる美青年が登場することは珍しくない。私の印象論に過ぎないのだが、美青年の内面はあまり描かれない。

この場面でも、藪医者の山本志丈の性格は特徴的で、口調もコミカルに描かれているが、新三郎は美しいだけで、どんな人なのかがよくわからない。これは、女性の聴衆に対するサービスであるのか、内面を描かないことで神聖化しようとしているのか。ちょっと謎なのだ。

ようかんでも食べながら、お楽しみくださいませ。

第3話に続きます!

チップをいただけたら、さらに頑張れそうな気がします(笑)とはいえ、読んでいただけるだけで、ありがたいです。またのご来店をお待ちしております!