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#8 読書で世界一周 |スウェーデン発、北欧ミステリの世界 〜スウェーデン編〜

「読書で世界一周」は、様々な国の文学作品を読み繋いでいくことで、世界一周を成し遂げようという試みである。


前回から”スカンディナヴィア半島編”がスタートし、フィンランドを旅した。今回は陸続きに、スウェーデンの地に足を踏み入れる。

スティーグ・ラーソンさんの『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』という小説を読む。



スティーグ・ラーソン|ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女


月刊誌『ミレニアム』の発行責任者ミカエルは、大物実業家の違法行為を暴く記事を発表した。だが名誉毀損で有罪になり、彼は『ミレニアム』から離れた。そんな折り、大企業グループの前会長ヘンリックから依頼を受ける。およそ40年前、彼の一族が住む孤島で兄の孫娘ハリエットが失踪した事件を調査してほしいというのだ。解決すれば、大物実業家を破滅させる証拠を渡すという。ミカエルは受諾し、困難な調査を開始する。

あらすじ


スウェーデンと聞いて私が思い浮かべるのは、「フィーカ」という習慣である。

フィーカとは、家族や恋人、職場の同僚らと一緒に過ごすコーヒーブレイクのことだ。ひとりではなく、誰かと一緒にコーヒーを飲むところがポイントである。

スウェーデンの方々は、仕事の合間にフィーカを取り入れることで、適度にリフレッシュしつつ、集中力を保つとのこと。オフの日も家族や恋人など、大切な人とのコーヒータイムを重視する国民性なのだそう。

あまりに素敵すぎる習慣である。日本でもぜひフィーカが普及してほしい。

今回ご紹介する作品『ミレニアム』でも、主人公が他の人と一緒にコーヒーを飲む場面が、ちらほら出てくる。

厳密にはフィーカとは違うのかもしれないが……少なくともスウェーデンでは、「小休憩=コーヒー」という文化があるようである。そういえば、前回のフィンランド文学でも、コーヒーがよく出てきたような。


北欧ミステリブームの火付け役

さて、ミステリがお好きな方なら、「北欧ミステリ」という言葉を耳にしたことがあるだろう。

北欧ミステリとは、北欧出身の作家によって書かれたミステリ作品群のこと。北欧の土地が舞台になっている作品が多い。

透明感のある美しい自然描写と、どこか暗晦で不穏な緊張感、社会問題を取り上げるテーマ性が特徴だと、個人的に考えている。


この北欧ミステリ、今やミステリの一大ジャンルのひとつとして、世界中で親しまれている。

現地の生活文化や社会情勢を知ることができる珍しさもあるが、やはり本格社会派ミステリとして完成度の高い作品が多いことが、評価されている理由だろう。


そして、本作『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』も、スウェーデン生まれの北欧ミステリである。

何を隠そう、この「ミレニアムシリーズ」こそが、世界中で北欧ミステリブームを巻き起こす火付け役となった作品なのである。

このところ「読書で世界一周」では、割と重めの文学作品を取り上げる傾向にあった。正直なところ、そういった作品に対して、若干疲れを感じていた。

ということで、北欧を旅しているこの機会に、北欧ミステリの代表作である『ミレニアム』を読むことにした。

何か”北欧文学らしさ”を読み解くというよりは、純粋にミステリを楽しむためにページを繰った。


北欧ならではの社会派ミステリ

『ミレニアム』、めちゃめちゃ面白い。久しぶりに重厚な社会派ミステリを読んだが、読み応えがあって最高だった。

舞台はスウェーデンである。首都スウェーデンも出てくるが、主人公ミカエルが過去の事件を調査するための拠点とした、ヘーデビー島が特に良い。

自然に囲まれた島での、外界とゆるく切り離された生活。冬は厳しい寒さが訪れ、薪を焚べて暖を取り、熱いコーヒーを啜る。ヘーデビー島の自然景観が、作品の世界観を陰で支えている。


現在のジャーナリストとしての戦いと、過去の失踪事件の調査という、ふたつの時間軸が交錯する構成になっている点も良い。

両軸で次々に緊張感のある展開が訪れるため、物語が単調になることなく、読者はどんどん引き込まれていく。

特に、40年も前に起こった事件を、数少ない手がかりから追っていく調査パートは最高だ。徐々にピースが集まっていく感覚が気持ち良い。

途中、一筋縄ではいかない大きな危機が訪れたりもするのだが、著者のステーリーテリングの上手さに、思わず唸った。


本作では、主題のひとつとしてスウェーデンの”女性への蔑視・暴力の問題”が取り上げられている。著者自身の問題に対する怒りが、全編を通して伝わってくる。

また、出版社を取り巻く争いを通じて、ジャーナリズムの在り方の問題も描かれている。

北欧特有のキリッとした寒冷気候と、重くて暗い社会問題の描写は、親和性が高い。北欧ならではの社会派ミステリになっていると感じた。


「イケおじ×天才女性」のアウトローコンビ

個人的なおすすめポイントとして、主人公ミカエルとタッグを組むことになる女性、リスベット・サランデルのキャラクターが最高に良い。

鼻と眉にピアスをつけたパンクな見た目に、背中にはドラゴンのタトゥー入り。そんな風貌からは想像できない天才ハッカーであり、身辺調査をさせたら右に出る者はいない、完璧な仕事ぶりを見せる。

滅多に他人に心を開かないリズベットだが、40年前の事件の真相を追ううちに、次第にミカエルと打ち解けていく。このミカエルとリズベットの、はみ出し者同士の絶妙な距離感、互いを補い合うコンビネーションが、とても良いのだ。


どうやら私は、「イケおじ×天才女性」がコンビを組むミステリが、お気に入りのようである。

ダン・ブラウンさんの「ラングドンシリーズ」、M・W・クレイヴンさんの「ワシントン・ポーシリーズ」なんかも、自然体でイケているおじさん主人公と、天才的な頭脳を持つ女性がコンビを組む作品だ。

特に『ストーンサークルの殺人』から始まる「ワシントン・ポー」シリーズは、女性側のティリー・ブラッドショーが社会に馴染めない”異端な”存在として描かれている点で、「ミレニアムシリーズ」と非常に近い。こちらも要チェックだ。



「読書で世界一周」、8カ国目のスウェーデンを踏破。次の国へ向かおう。

9カ国目はスカンディナヴィア半島編の最終回、ノルウェー……と言いたいところだが、ここで一旦海へと漕ぎ出し、アイスランドに向かうことにした。どんな作品に出会えるだろうか。

~読書で世界を巡る~
1. ロシア ドストエフスキー|カラマーゾフの兄弟
2. ウクライナ アンドレイ・クルコフ|ペンギンの憂鬱
3. ベラルーシ スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ|戦争は女の顔をしていない
4. ポーランド オルガ・トカルチュク|逃亡派
5. エストニア メヒス・ヘインサー|蝶男 エストニア短編小説集
6. ラトヴィア ヤーニス・ヨニェヴス|メタル'94
7. フィンランド フランス・エーミル・シッランパー|若く逝きしもの
8. スティーグ・ラーソン|ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女
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