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今日も、読書。 |魂の番となる人が、きっといる

私は1年間待った。『52ヘルツのクジラたち』を。

2021年の本屋大賞を受賞した本作。私は当時、Twitterの読書界隈が盛り上がりを見せる中、『52ヘルツのクジラたち』を図書館で予約した。

予約人数 : 120人

120人待ち!!

いくら何でも多すぎる。ひとりあたりの貸出期間が平均1週間くらいだとすると、私の順番が来るまで120週間、なんと2年と数ヶ月もかかる。本屋大賞、恐るべしである。

そして何故か、私は待ってやろうという気になった。面白い、120人、待ってやろうではないか。待ち続けた先に訪れる感動は、きっとひとしおに違いない。

以来、私は待ち続けた。単行本を買いたいという誘惑に、抗い続けた。周りの皆が『52ヘルツのクジラたち』の感想を熱く語る中、じっと耐えた。

いつしか、予約したことを忘れてしまった。翌年2022年の本屋大賞も終わった。そして2022年8月末、図書館からの連絡は、突然訪れた。



町田そのこ|52ヘルツのクジラたち


52ヘルツのクジラとは――他の鯨が聞き取れない高い周波数で鳴く、世界で一頭だけのクジラ。たくさんの仲間がいるはずなのに何も届かない、何も届けられない。そのため、世界で一番孤独だと言われている。自分の人生を家族に搾取されてきた女性・貴瑚と、母に虐待され「ムシ」と呼ばれていた少年。孤独ゆえ愛を欲し、裏切られてきた彼らが出会い、新たな魂の物語が生まれる――。注目作家・町田そのこの初長編作品!

あらすじ


『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』や『星を掬う』などの作品で知られる町田そのこさん。『52ヘルツのクジラたち』は、著者初の長編小説であり、著者の知名度を大きく押し上げた出世作だ。

深海を思わせる神秘的な装丁が印象的な本作は、「52ヘルツのクジラ」から着想を得て執筆された。52ヘルツのクジラとは、他のクジラと鳴き声の周波数が異なるために、どんなに声を上げても誰にも届くことのない、世界で最も孤独と言われるクジラのことである。世界で1頭だけと言われる52ヘルツのクジラだが、その姿を見た人はいないという。

本作では、そんな52ヘルツのクジラが、不当な仕打ちを受けて社会からはじき出されてしまった、孤独な人々の象徴として描かれている。声を上げても聞き取ってもらえない、思うように声を上げることができない、そんな人々の声に、読者はじっと耳をすませ、声なき声を掬い上げるようにして読み進めていく。


主人公のキナコ(貴瑚)は、父親とその愛人との間に生まれた子で、その出自のせいで母親に強く虐げられてきた。幼少期の辛い記憶、そして父の介護で精神をすり減らす日々の中で、自殺を決意するほどに追い込まれる。傷ついた彼女は、大分県の海辺の街でひっそりと暮らし始める。

そこでキナコは、「ムシ」と呼ばれていた孤独な少年と出会う。52ヘルツのクジラの話になぞらえて少年を「52」と名付け、2人は交流を深めていく。そこにキナコを心配して駆けつけてくれた親友の美晴も加わり、彼女たちは自分たちに牙をむくDVや虐待などに負けることなく、孤独を癒してくれる愛を探して、一歩ずつ足を踏み出していく。

キナコ、52、アンさん。この物語の登場人物たちが抱える深い孤独や痛みに、胸が苦しくなる。手を差し伸べたくなる。同時に、この世界には私が気付いていないだけで、彼女たちのような52ヘルツの鳴き声が飛び交っているのだということに思い至り、呆然とする。ひとりに手を差し伸べることですら難しいのにと、自分の無力さを痛感する。


だが希望もある。キナコにとっての美晴。52にとってのキナコ。52ヘルツの鳴き声に耳を傾け、わずかでも聞き取り、気づいて、救い出してくれる人がいる。きっと大切なのは、想像を膨らませることだ。誰かが声を上げているかもしれないと想像を働かせ、小さくても行動に起こすこと。

作中でアンさんが残した、「魂の番」という言葉が忘れられない。

第二の人生では、キナコは魂の番と出会うよ。愛を注ぎ注がれるような、たったひとりの魂の番のようなひとときっと出会える。キナコは、しあわせになれる。

p43より引用

どんな人にも、「魂の番」となる存在の人が、きっといる。

これが、本作が最も伝えたいメッセージなのではないかと思う。どんなに孤独でも、「魂の番」となる人がいる。孤独を抱えるあの人の「魂の番」になれるのは、あなたかもしれない。

本作は、決して結末を曖昧にぼやかすことなく、キナコや52たちの物語を描き切っている。胸を締め付けるような物語の中で、それでもあなたはひとりぼっちではないのだと、深海で輝くクジラの瞳のように、希望の光が確かに灯っているのを感じた。


すごく良い本だった。1年以上図書館の順番を待ち続け、じっくりと熟成させた甲斐があった。

ちなみに、『52ヘルツのクジラたち』の順番が私に回ってきた時点で、後ろにあと106人待っていた。いや待ちすぎ……!



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