見出し画像

今日も、読書。 |”旅”と”旅行”の違いについて

旅について書かれたエッセイが好きだ。

若菜晃子さんの『途上の旅』や、星野道夫さんの『旅をする木』など、心に残っている作品はいくつもある。

自分の部屋で寝転びながら、遠い異国の地へ飛び立てる。旅のエッセイは、インドア派の私に翼を授けてくれる。


今回ご紹介するのは、私がこれまで読んできた旅に関する本の中でも、とりわけ面白いと感じたもの。

人類のDNAに古来から刻み込まれた、旅への欲求。それは現代を生きる私たちにも受け継がれ、人は皆、何かを求めて旅に出る。

私も旅行好きの人間のひとりだが、自分は何を求めて旅に出るのだろうと、心に問いかけるような読書だった。




ペール・アンデション|旅の効用 人はなぜ移動するのか


インドを中⼼に世界を旅してきたジャーナリストが、⾃他の旅の記憶をていねいに辿りながら「⼈が旅に出る理由」を重層的に考察するエッセイ。なぜ人は何度でも、何歳になろうと旅に出るべきなのか。それは旅こそが私たちにとって最⾼のセラピーであり、⾃分を育む⾏為にほかならないからだ。旅好きも、旅が遠くなった⼈も必読の滋味あふれる旅論。

あらすじ


著者のペール・アンデションさんは、スウェーデン出身のジャーナリスト作家。

若くして旅の魅力に取り憑かれ、インドを中心に、30年以上も世界各地を旅する生活を続けている。


本作『旅の効用 人はなぜ移動するのか』は、そんな旅に人生を捧げる著者による、「旅」や「移動」について重層的に論じたノンフィクションである。

世界中を回る著者の自伝的エッセイであり、古今東西の文学・紀行文の分析であり、旅に関する最新研究の考察でもある。

多角的な視点から、「旅」や「移動」について、人間の根源的な真理を深掘りする本書。旅好きなら絶対に読んでほしい一冊である。


世界各地の路上から

著者ペール・アンデションさんは、地球上のあらゆる場所、世界各地の旅先から、文章を書き綴る。

30年以上にわたって旅をしてきた著者の、過去に訪れた場所、出会った人々、心揺さぶられた体験の記憶が、断片的に繋ぎ合わされている。


本書を読みながら、読者は世界を縦横無尽に飛び回る体験をする。

ヨーロッパの歴史ある街並み、北米の荒野に伸びるハイウェイ、南米のスラムの雑踏、アジアの熱気に包まれた市場——。

世界各地の路上から届けられる文章を目で追いながら、読者は地球を何周も回る旅をする。 


旅経験が豊富な著者による、実体験に則した世界案内を楽しめる点が、本書の魅力のひとつだ。

インド砂漠の横断や、一文無しでの崖っぷちヒッチハイク、ヒマラヤ登山に、スラム街での冒険。

著者自身の体験が臨場感たっぷりに語られており、とても楽しい。ストックホルムでの日常生活と、旅先で過ごす刺激的な日々とのギャップもリアルだ。


同時に、著者が世界中の文献にあたって記した、学術的な視点での旅の考察も興味深い。

ヒッチハイクに関する学術調査や、飛行機と自動車が地球環境に及ぼす影響、消費社会における旅行ツアーとヒッピー旅、世界中の旅行記に関する分析……などなど。

議論の幅は多岐にわたり、読んでいて興味が尽きない。本書を読めば、旅に関する基本的なアプローチをひと通りさらえると言っても過言ではない。




人はなぜ旅をするのか

本書では、著者自身のみならず、ベストセラーのルポライター、冒険家、旅先で出会った無名のヒッチハイカーなど、津々浦々の旅人の、旅に対する想いが記されている。

人はなぜ旅に引きつけられ、荷物を背負って旅に出るのか。多くの旅人の想いを積み重ねることで、人間の奥底に眠る「旅への欲求」を捉えようと試みている。


当然ながら、旅に出る理由は、人によって様々だ。

例えば、現実からの逃避。束縛からの解放。気晴らしへの憧憬。日常生活では影を潜めている、野生的な自分との邂逅。

様々な想いにあえて共通点を見出すとすれば、まだ見ぬ土地へ自身を投げ出し、心身を解放するとともに、新たな道を開拓したいという欲求だろうか

それは、人間に本能的に宿っている欲求なのかもしれない。


本書では、人間には「旅のDNA」が備わっているという研究も紹介されていた。私も、私のあずかり知らない本能的な部分で、旅に出たいという想いを募らせているのだろうか。

旅に取り憑かれた人々は、そもそも旅に出る理由を考えることはない。ただ行きたいから行くだけで、そこに確たる目的は存在しない。

本書に登場する旅人のエピソードを読んでいると、そのことを強く感じた。私はまだ、旅先であれを見たい、あれを食べたいと理由を探してしまう分、本物の旅人とは言えないかもしれない。


旅行作家のトマス・レクストレームが、雑誌『ヴァガボンド』に寄せた文章を引用する。

探すのをやめないこと。旅をやめないこと。なぜなら広い世界が待っているからだ。世界が小さくなることはない。

p163より引用

この「世界が小さくなることはない」という言葉、すごく心強い。

地球中(もしかしたら宇宙中?)、行こうと思えば、人間はどこへだって行ける。旅の可能性を決めるのは、いつだって自分自身なのだ。




”旅”と”旅行”の違い

本書を読み、”旅”と”旅行”の違いについて、ぐるぐると考えたりした。これはあくまで、私個人の感覚の話だ。


”旅”は、「移動」に焦点が当たっているように感じる。

詳細な目的を持たず、本能の赴くまま、行きたい場所に行く。現地人との交流など、計画よりも偶然に重きを置く点も特徴だろうか。


一方”旅行”は、「目的地」に焦点が当たっているように感じる。

旅先で有名な建築を見たり、美味しいものを食べたり、貴重な体験をしたり。目的地で何をするか、ある程度計画を立てて行うのが特徴だと思う。


以前読んだ國分功一郎氏の『暇と退屈の倫理学』で、旅行ツアーなどのレジャー産業は、近代社会に突如としてもたらされた暇と退屈を巧みに操り、お金を生み出していると述べられていた。

本来自由なはずの余暇時間を、レジャー産業の企業に誘導され、「お金で経験を買う」という不自由な過ごし方に費やしているという考え方である。


私は旅行ツアーが好きだし、自分がやりたいと思った経験には、どちらかといえば惜しみなく投資したいと考えている。しかし、上で述べられていることにも一理ある。

人類が定住する前、古来から遊牧民が行なってきた移動は”旅”である。”旅行”はきっと、中近世以降の上流階級の嗜みで、庶民に普及したのは近代に入ってからのことだ。

『旅の効用』で取り上げられている旅への欲求は、全て”旅”に属するものである。『旅の効用』は、”旅行”が一般化した現代社会で、”旅”の面白さを説いている本だと言える。




「旅をしたい」という気持ち

私がいつも好んで行うのは、間違いなく”旅行”だと思う。

そして、私が”旅”を心から楽しめない性格であることも、なんとなくわかっている。

でも、知らない土地を歩くとき、知らない人と出会うとき、できるだけ偶発的な刺激を吸収し、自分の感覚を更新したいという願いはある。


私はこれまで当noteで、「旅」という言葉を使用してきた。

これからも、それを「旅行」という言葉に変えず、「旅」という言葉を使い続けていきたい。

私はきっとこれからも、旅の目的地でやりたいことをきっちりリストアップして、飛行機や電車の時刻を調べ上げ、朝昼晩の食事をどこで取るかも事前に決め、きっちり計画に基づいた旅行をするだろう。

しかし、旅先での偶然を大切にする気持ちも、あわせて持ち続けたい。そんな心得を忘れぬよう、「旅」という言葉をこれからも意識的に使っていく。



さて、今回ご紹介したペール・アンデションさんの『旅の効用 人はなぜ移動するのか』、かなり厚みのある本なので、手に取るのを躊躇われる方もいるかもしれない。

しかし、旅好きのバックパッカーにも、旅に憧れるインドア派にも、旅のエッセイが好きな読書家にも、あまねくおすすめできる良書だと思う。ぜひ手に取ってみていただきたい。



◇前回の「今日も、読書。」◇

◇読書日記「今日も、読書。」のnoteをまとめています◇

◇本に関するおすすめnote◇

◇読書会Podcast「本の海を泳ぐ」配信中◇

◇マシュマロでご意見、ご質問を募集しています◇

この記事が参加している募集

#推薦図書

42,791件

#読書感想文

192,370件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?