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【麻酔科研修】麻酔薬投与

前回までのまとめ

麻酔導入はさまざまな生理学的変化に迅速に対応するパート。麻酔のハイライトである。
この15分くらいの間に多くのことをおこなっています。
最低限行う処置は以下の8つで、今回はそのうちの ③麻酔薬投与 について解説しようと思います。

①ライン確保
②前酸素化
③麻酔薬投与
④メパッチ貼付
⑤マスク換気
⑥挿管
⑦呼吸器設定
⑧胃管挿入

最後にまとめもあるのでぜひ最後までご覧ください!

この記事は 3000文字程度で 5分程度 で読めます。

それでは、【麻酔科研修】麻酔薬投与 を始めていきます。


麻酔薬は眠らせる薬だけではない

「麻酔がきれた後って、痛いんですか?」

外来でよく聞かれる質問です。
「麻酔」=「眠らせる薬」
というふうに思っている人が多いので、
「麻酔がきれると痛い」と思うのです。

「麻酔のお薬は 眠る薬 と 痛み止めの薬 の2種類があります。
眠る薬が切れても、痛み止めの薬は入れ続けているので大丈夫ですよ。」

「残念ながらまったく痛くないわけじゃないですが、
痛み止めの追加もできますからね。」

と、いつも回答しています。

このように、麻酔薬は 鎮静薬 鎮痛薬 に分れています。
これらに 筋弛緩薬 を追加して、麻酔を導入していきます。


麻酔導入は薬を3種類つかう

眠るなら鎮静薬だけを使えばいいはずです。
なぜ3種類も薬を使うのでしょうか?

これを解説するために
薬の主作用副作用について説明します。

たとえば、花粉症の薬を飲むとかゆみは治るけど、
眠くなることがありますよね。
かゆみを治すのが主作用で、眠くなるのが副作用です。
つまり目的としない影響が出るのが副作用です。

これはどの薬にも言えることで、麻酔薬も例外ではありません。
では麻酔薬の主作用と副作用とはなんでしょう?

以下に簡単にまとめてみました。

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鎮静薬を投与すると、患者さんは眠りますがその副作用で呼吸が止まります。
呼吸を補助するために、のどに管を入れて酸素を送ります。
(詳細は今後 ⑥挿管 で解説予定です)

話を元に戻しましょう。
この、のどに管を入れるために
鎮痛薬筋弛緩薬が必要となります。

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みるからに辛そうなこの手技は、
何もしない状態でやると痛くて苦しいものです。
鎮痛薬で痛みをとり、筋弛緩薬で管を通しやすい状態を作り出します。

ちなみに、どの薬も使うと呼吸が止まります。
麻酔事故の3割は気道トラブル、というのもうなずけます。


十分かつ最低限の薬剤量を決める

麻酔導入における麻酔薬投与の目的をまとめると、

患者さんを安全に寝かし(鎮静薬)
挿管の刺激を取り除き(鎮痛薬)
確実に呼吸の補助をする(筋弛緩薬)

となります。

麻酔科医はこの目的を達成できる、
かつ副作用が最小限となる薬の量を考えなければなりません。

麻酔科医の腕の見せ所といえます。

標準的な量から
高齢なら減らして、若年なら増やす。
心臓が悪いなら減らして、元気なら増やす。
脱水状態なら減らして、、。

と、様々なパラメーターを考えて
ちょうどいい量を決めていきます。

見学の時に、どうやって薬の量を決めたのか聞いてみましょう。
言語化するのが難しいかもしれませんが、
薬理学と経験に基づいた思考過程があって決めているはずです。


薬物動態を思い描きながら薬を投与する


投与量が決まったら点滴から薬を投与します。
鎮痛薬、鎮静薬、筋弛緩薬の順に入れるのが一般的です。

大切なことは、挿管のタイミングでこれらの薬が十分に効いていることです。

薬理学

という言葉を先ほども使いました。
麻酔科医は常に薬理学のことも頭において活動しています。
薬がどのような仕組みで効いて、体に入るとどういう動きをして、どのくらいの時間がかかるのか。
薬の特性を熟知し、それを麻酔に生かしています。
それぞれの薬が投与されてから何分後に効果が最大化されるのか、
効いていて欲しい、その瞬間を目指して薬剤を投与します。

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詳しく知りたい方は、PK/PD理論(薬物動態学/薬物動力学)
を検索してみてください。

筋弛緩薬が一番最後なのは、
患者さんが眠る前に入れてしまうと
いわゆる「かなしばり状態」になってしまうからです。
意識があるのに身動きが取れなくなってしまいます。
これはかなりの恐怖体験といえるでしょう。

そのような事情も考慮しながら、薬を投与していきます。


呼吸の観察


鎮痛薬(麻薬)が入ると、呼吸に大きな影響が出てきます。
患者さんの胸の動きをよく観察しましょう。
はじめはゆっくりと大きな呼吸。
回数が徐々に減っていき、
やがて呼吸をしなくなります。

だんだん麻薬の濃度が上がってきてるな。
麻酔科医の頭の中では薬物の血中濃度のグラフが描かれます。

鎮静薬の濃度も上がってきたころ、患者さんは眠りにつきます。


「反応がない≠眠っている」

患者さんが本当に眠っているかどうか、これは意外と難しい問題です。
声をかけて反応がないから寝ているかというと、そうでもありません。
「反応できないだけで、周りの声は聞こえていた。」
ということもあります。

麻酔科では就眠の確認で

睫毛(しょうもう)反射の消失をみる

方法があります。

睫毛とはまつ毛のこと。
まつ毛を指で触れるとまばたきをする反射です。
これは脳の活動レベルがさがると反応が起きなくなるので、
深く寝ているかの判定によく使用されています。

しかし実際のところ、睫毛反射がなくなったあと、
次の処置のために顎を持ち上げたりする*と目を覚ますことがあります。
(*⑤マスク換気 はまた別記事で解説します。)

まつ毛をちょっと触ったくらいでは起きないけど
強い刺激が入ると目を覚ましてしまう状態がある
ということです。

これから麻酔科医がやろうとしていることは
顎を持ち上げたり、のどに管を通したりと
強い刺激を与えることです。

なので、私は睫毛反射消失に加えて「下顎挙上」をして
患者さんの反応がないことを確認しています。

それでも「寝ているか」はわかりません。
反応できないだけかもしれない状況は、変わりないからです。

少なくとも、ちょっと痛いことをしても反応できない状態」を確認して
眠ったことにしているのです。

聴覚は麻酔中に最後まで残る感覚です。
全身麻酔中で身体が動かないにもかかわらず
「話している声が聞こえていた」
という患者さんは稀にいます。

麻酔導入中は当然そういう時期があるわけで
まわりの声はずっと聞こえている可能性はあります。
なので患者さんの反応がなくなった後も
処置をする時はしばらく声をかけます。

「胸の動きを見るので服を取りますね。」
「顎を持ち上げて呼吸のお手伝いをしますね。」
「目にシールを貼りますよ。」
「お下着とりますね。」

患者さんの反応がなくなった後すぐに
雑談を始めるスタッフもいますが
患者さんにも、聞こえているかもしれない意識は持つべきです。


麻酔科医が最も緊張する瞬間


さぁ、患者さんが眠りにつき、呼吸が止まったら補助をしましょう。
実はこの瞬間が麻酔科医として最も緊張します。

「呼吸の補助がうまくいかなかったらどうしようか、、。」

その場合の戦略を考えつつ、 ⑤マスク換気 に移っていきます。


まとめ


●麻酔導入の目的は「バイタルを保ちつつ就眠させ、確実な気道確保(挿管)をする」こと。
●麻酔科医は目的を達成できる、かつ副作用が最小限となる薬の量を考えなければならない。
●「眠っている」かどうか、は判断が難しい。聴覚が残っている可能性があり注意が必要。

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