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遊びと安全 ー 恩師から学んだこと

こんにちは。
私は現在、公園と遊具のデザイナーとして働いています。

ヨーロッパにはEN1176という遊具に関する安全基準があります。
私はEN1176認定の遊具点検検査士でもあり、この安全基準に基づいた遊具のデザインをしています。

先日EN1176の改訂版が発行され、在宅勤務中の私のところにも届きました。
ぱらぱらと目を通しながら、安全基準の研修を受けさせてもらった今は亡き恩師の顔が浮かび、背筋がぴんっと伸びる思いです。

私が遊具点検検査師の資格を取ったのは、この仕事を始めて2年ほど経った頃。
受験の条件のひとつが、3年以上遊具に関わる仕事(デザイナー、エンジニア、プロダクション、設営など)の経験があること。
私はもうひとつの仕事の、こどもミュージアムでの参加体験型展示のデザインと設営の経験があるので、例外として1年早く研修と試験を受けさせてもらえることになったのです。

初めの2年間は、約900ページもある安全基準の本をひたすらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらぱらめくりながら、実践の中で規定を覚えていきました。


遊具点検検査師の資格には、3年以上の実務経験に加えて、一週間の研修と実技・筆記試験が必要です。

研修と試験の会場は私の住んでいるところから徒歩15分ほどだったので、研修初日、少し緊張しながらも嬉しくてるんるんで会場に歩いて向かったのを今でも鮮明に覚えています。
一週間の研修の間ひたすら学ぶこと、遊具に関する経験のある人たちと出会えること、そして何よりその研修の指導官のもとで学べるのが本当に楽しみだったのです。私の働いている会社にもときどき訪ねて来られていたその先生は、安全基準EN1176の作成の段階から関わっていた方で、当時改訂にも関わられていました。

一週間の研修は、内容はもちろんおもしろいし受講している人たちとの情報交換も楽しかったし、指導官の方の優しさと穏やかさの奥に熱意とそれ故の厳しさも見えて、期待通り学びの多い毎日でした。

私はドイツ語が母国語でないことと、遊具との直接の関わりが比較的浅いこともあり、指導官の先生は私にいろいろと気にかけてくれ、緊張もすぐにほぐれていきました。


安全基準の内容は、滑り台、ブランコ、シーソー、回転遊具、トランポリンなどのカテゴリーに分かれていて、いろいろなパーツの間隔や高低差や角度、また遊具の高さによる地面の素材やその厚さ、それぞれの遊具周辺の安全エリアの面積などなど。

これは、転落の際に頭部だけが引っかかるのを防ぐため、尖ったものが目に刺さるのを防ぐため、指が穴や隙間にささったまま転落するの防ぐため、など、この数値はどうやって定められているのかということはもちろんですが、遊具は多様な遊びや子どもたちの成長を促すものであることが大前提で、安全にしすぎて退屈なものにしてしまっては意味がない、という想いがお話の節々で感じられて、遊具をつくる、ということへの敬意と責任を更に感じました。

安全基準は、大きな怪我や死亡事故を防ぐためのものであって、遊びを妨げるものであってはいけない。
遊具とその安全に関わる者は、数字だけではなく、人間として、心で判断することも忘れてはいけない。

この研修を通して、私はそれまで、子どもが楽しく遊べる公園を、子どもの成長を自然と促す遊具を、と思いながらも、自分がつくりたい遊具をつくろうとしてたんだと恥ずかしながら気付かせてもらいました。

あっという間に研修が終わり、実技・筆記試験ともに無事合格できたときには、先生も本当に喜んでくださいました。


それから、デザインした新しい遊具がどのカテゴリーに当てはまりどの基準で検査されるのか分からない、安全基準は満たしているけれどこれは予測できない危険ではないだろうか、など、同僚の点検士に相談しても判断できないときには、先生に助けを求めたり、また私が関わった公園の設営時に変更箇所があった場合には先生から連絡が来たりと、頻繁ではないもののやり取りをさせてもらっていました。



そんな中、突然の訃報。背中に痛みがあったとは聞いていましたが、先生をよく知る人も驚いたほど、本当に突然のことでした。

ドイツの遊具界が失ったものはとても大きい。

こちらのタイトルの画像はベルリンの「綿毛小学校」の校庭に設置された遊具なのですが、これが一昨年先生に点検していただいた私の最後のプロジェクトとなってしまいました。

この橋の下が校門になって車が通るようになること、柵のすぐ横に遊具が建てられることなどから、遊具周辺の安全面が複雑で、何度も細かい箇所を変更し、無事完成。このときも先生は、子どもたちのことを一番に考え、数字だけではなく、心で点検されていました。


素晴らしい点検士さんや指導員さんはもちろん他にもたくさんいらっしゃいますが、あれから新しく入ってきた後輩たちはあの先生から学ぶことはできないんだと思うと、改めて、私たちが学んできたことをしっかりと伝えていかないと、と気が引き締まります。

先生の意志を継がれて今やっと発行された最新の改訂版を見ながら、そんなことを思うのです。


最後に、1943年にデンマークにつくられた「廃材遊び場」を見てイギリスに廃材遊び場を導入し、世界に『冒険遊び場』を広げたハートウッド卿アレン夫人の有名な言葉を。

『Better a broken bone than a broken spirit
(心が折れるより 骨が折れるほうがましだ)』


最後まで読んでいただいて、ありがとうございました!

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