第81話 痛みのある道の先へと
夜リビングで一人ドライヤーをかけていると、驚いたことに、帰宅した旦那が自室へとあがらずにそのまま部屋に入ってきた。同じ空間にいるだけでこんなに動悸ってするんだっけって思ったほど、自分の心拍音が聞こえてくる。
「ひみ、ちょっと話せる?」
そう言われたけど言葉に詰まる。
やっとのことで、「書いた通り、調停前なので何も話せません。」とだけ言うと、ドライヤーの轟音に専心して無理矢理呼吸を落ち着かせる。少しの間隣に突っ立ってこっちを見下ろしていた旦那は、私の頑なな様子に諦めたのか、やがて行ってしまった。
ついこないだも、泣いている赤ちゃんの夢を見た。人の気を引くようにこちらに視線を向け、僕って可哀想でしょうと、ただただ泣き続ける炭のように真っ黒い赤ん坊。あれからもますます段々と、子供のようになっていく旦那。
どれほど私は旦那にとってのママ役として、都合のいい存在にさせられてきたんだろう。やっぱり私は私であって、母親でいいのはあきらといる時だけなのに。
私が求めているのは、クシナダを大切に守ったような、スサノオのような頼れる男性。確かに離婚したからといって、スサナル先生とどうこうなれるかわからないけど、まずはこの旦那という隠れマザコンと別れないことには何も始まらないと思った。
早朝四時からアラームを鳴らされ、それすら僕ちゃんのわがままなんだからお前が受け止めろと虐げられてきたことは、私に怒りしか残さなかった。
だけどその夜階段を上がっていった時、うっかり旦那の部屋から漏れる、すすり泣きの声を聞いてしまった。被害者は私なのに、なんだか突如、お前のせいで破局したんだと加害者にさせられてしまった気分になる。
もう、もう、散々傷つけられて、泣きたいのはこっちなのに。
旦那の泣き声を耳にするというこのタイミングに居合わせたことには、必ず何か理由がある。そんな宇宙の仕組みなら、嫌というほどわかってる。
それでもだけど、目の前に立ち上がって現実化してきたこの光景に、私は恨みしか抱けなかった。
そんなことを後からけーこに報告すると、彼女は旦那への例え話として「ひみ知ってる?脱皮しない蛇は死ぬって言葉があるんだよ。」と教えてくれた。
自己成長を厭う蛇は、小さくなった自分の皮で詰まって死んでしまうのだそうだ。
そしてさらに、私がすすり泣きを聞いてしまったのと同じ晩、彼女もまたこんな夢を見ていたのだという。
真っ赤なスポーツカーに乗り込んだ私のシートベルトをけーこがしっかり装着すると、広く大きなサーキットへと、声援と共に送り出す。
「ひみ、アクセル全開で、目一杯行ってこい!」
そんな夢だったらしい。
より痛みの少ない道を、鎮痛剤で麻痺させながら生きていくこともできなくはない。鈍痛は感じなかったことにして、アセンションは諦めて、脱皮を拒否して生きていく。やがてはいずれ老衰し、どちらが先かはわからないけど個々に死別してからようやく、ほんのちょっぴり残された時間で“おまけ”のような進化を進めていくことも、選択としてそれもひとつ。
だけどきっと、赤く燃えるスポーツカーに乗り込んだのは私自身の意思だ。私は脱皮を厭わない。そして痛みのある道へと進む。
それぞれの思惑を乗せた調停が、いよいよ始まろうとしていた。
written by ひみ
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実話を元にした小説になっています。
ツインレイに出会う前、出会いからサイレント期間、そして統合のその先へ。
ハイパーサイキックと化したひみの私小説(笑)、ぜひお楽しみください。
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以前、何かに書いてあったの。
何でもいいんだけど、野菜でもお肉とかでも瓶詰めにして、そこに何らかの菌が混入したとして。
その菌の種類によって、中に詰めたものが熟成されて発酵してゆくのか、悪臭と共に腐敗してしまうのか。
だけどね、発酵コースを選んでも、腐敗コースを選んでも、やがてはどちらも水へと帰る。いずれポロポロになり、溶けて、水になる。
ただね、ごく単純に、腐敗コースはより苦しいと思うの。変化変容するのだから発酵だって苦しいんだけど。
でも、自分は発酵するんだって、痛みのあるように見えるほうへと決意して飛び込んだほうが、結果として強制的に腐敗しなきゃいけなくなるより最善だったりするんだよね。
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