ハッピーバースデー事件
慣れない少人数かつ女世帯の職場で、体調を崩したり気分が塞いだりなどを繰り返しながらも半年が経とうとしていた。彼女たちとの関係性は一進一退し、そして現在は一退の一途を辿っていた。しかしながらそんな関係もあと1か月のみ、と自分を励ましながら毎日職場に通っている。
今日は台風が近づいているという。
そんな日の午後、穏やかな時間が流れていた職場に、巨大な台風に匹敵するほどの衝撃的なイベントが何の予告もなく始まった。
「ハッピーバースデー!」
突如背後で大きな声がこう言った。わたしの背筋は凍りつき、恐る恐る後ろを振り向くと満面の笑みで大きなホールケーキを持つ女性が。その瞬間わたしの視線は定まらなくなる。しかしそのケーキはわたしに向かって差し出されたものではなく、わたしより1つ年下で何度となくバトルを繰り返している、この小さな国を牛耳るガラス玉の(ような)眼をした女史、略して「ガラ女」、ガラ女その人に向けられたものだった。
ああ、そういえば先週ガラ女がいないときに、キルフェボンだなんだって彼女らが相談していた気がする。その時わたしは壊れたパソコンのハードディスクを交換したばかりで、慣れないセットアップに奮闘し、フェボンフェボン言ってっとシバくぞ、ってパソコンの知識が一つもない女の子たちに殺気立っていたのだ。
そうか、それが今日か。今日だったのか。
わたしが呆然としている間にもそのイベントは進行していく。「電気消しますね~」と手際よくスイッチが切られ、ケーキに火がつけられる。ガラ女の嬌声、ケーキの準備をした絆の固い女性陣3人の祝いの言葉、パニックで瞳孔全開になり動けないわたし、わたしの正面に座って微動だにしない同期の女性(彼女はわたしと同じ勤務体系で、一回り年上なだけあり非常に大人の対応のできるしっかり者だ)
もしこの時わたしが素早く腰を上げ、その集団に加わり一緒に手を叩いていたら、この先一か月は何か変わったんだろうか?今更そんなことを考えても遅いんだけれど、結果的にわたしの足は鉛のように重くなり、誰かの強い意志によって場所を固定されたかのように顔を動かすことが出来ず、ただ同期の女性と微笑みあうだけの時間が過ぎた。
イベントはケーキ切り分けに入った。
とうとう我々は、その「ハッピーバースデー」の輪に入ることなく、入れてもらえず、先方が入れようとする素振りすらなく、「ハッピーバースデー」する上で一番重要な瞬間を非常に不自然な形で過ごしてしまったのだった。
明らかに変な空気が流れているが、テーブルに皿を並べケーキを取り分けた彼女たちは、むしゃむしゃとそれを楽しみながら誕生日女子会を始める。ガラ女の上ずったようなはしゃぐ声、いつもよりボリュームが大きめの3人の相槌、ひそひそと何かを話す声、仕事の話を始める我々。ガラ女の新しい抱負や結婚願望、彼女らの中で一番年下の女性とその恋人が本日で交際1年であるという報告及びどよめき、ディズニーランドの話、仕事の話を続ける我々。ガラ女の恋人が「俺が死んだら君に1千万円入るように保険金をかける」と言っているというノロケ及びどよめき、サマソニに行って日焼けをした話、ダムに行った話、婚期に関する話と指南、ひそひそと笑う声、仕事の話が止まらない我々。永遠に終わりそうのない女子会に、膀胱の限界を覚えたわたしは風のような柔らかさと爽やかさを備えてお手洗いに行く。
なぜこんなことになっているのかというと、今まで本当にギリギリのところで保ってきたこの関係性を、今回のイベント発生によって、互いに「どう出るか」試してしまったのだ。女性陣はきっと、ヒガシノメーコが少しでも歩みよってきたら嫌な顔1つせず受け入れて、素敵な空間を共有してくれただろう。でもそこには「驕り」があった。もっと言うと「上から」なのだ。色んな職場で働いてきたけれど、この職場はそう意識が顕著に強い集団だった。(しかも無意識!)そうと分かれば、もともと上手じゃないお愛想がますます出来なくなり、「どう出るか」に対して、「死んでも媚びたくないです~~」とエクセルを閉じたり開いたりするのがわたしだった。(正直、それも考え物だが…)
そしてその結果を互いがしかと受け入れた、
『相容れない』と。
1人の女性の誕生日を一緒に祝わなかっただけで?そんな大変なことになるの?悲しいかな、こういうのが「アタシたち女の子」の世界の顕著なものだと思う。わたしには難しいので、結局最後はこういうことになってしまう。
「これよかったらどうぞ」
ガラス玉のような眼で彼女がケーキをわたしの机に置いた。1円もケーキ代を払っていないのに、1つのお祝いの言葉もかけていないのに、わたしはキルフェボンのケーキを手に入れた。これはよくないケーキだ。散々食べるタイミングをうかがった挙句、生ぬるくなったそれを掻き込んで、そのあと珈琲で流し込んだら、お互いの存在を消しあうように腹の中でシェイクされて少し気分が悪くなった。しかしそれも受け入れるべき制裁のようであった。
このハッピーバースデー事件により、我々はますます冷たい茨に囲まれた職場に、あと1か月身を置くことになった。もはや息苦しくなることももったいないし、好きにして。
その代わり、お前らのそういうとこ、全部曲にするからな!ってわたしは息巻いている。
バンドマンを雇った、あなたのミス!
#エッセイ #職場 #仕事 #女性 #女史 #女子 #女の子 #誕生日 #事件 #バースデー #ケーキ #お祝い #バンドマン
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?