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リンゴは食べれるって教えてくれよ。

「いや、そうですけど。そういうことじゃなくて!」

今日、仕事で声を荒げてしまった。気管支炎が治らなくて、マスクをしていたから表情が隠れていて助かった。しかし、今まで大人しくホイホイ言うことを聞いていたわたしがこんな物言いをすると思わなかったのか、仕事の指示を出す1つ年下の女性は、もともと感情の起伏が表れにくいガラス玉のような眼を丸くした。

新しい仕事を始めて4週目に入った。久しぶりの女世帯の職場にこっそりナーバスになりながら、日を追うごとに明かされていく人間性や仕事内容に「やっていけそう!」「不安」「だめかも?!」とその日その日を判定しながら過ごしていた。お弁当を温めるときとコーヒーカップを洗うときに、冷蔵庫の上にあるお菓子をこっそり食べることと、ジョージクルーニーがCMをやっているカプセルコーヒーを飲みまくれることが気に入って、少しずつ職場を好きになってきていた。

仕事量もそこそこで、面白いことはないが興味のある業界の仕事なので退屈はしなかった。色々と突っ込みどころはあるが、それを取り巻く問題も理解した上で改善できそうだと思っていた。でも結果的に、わたしがそのように一歩引いて仕事を見ていたがために、相手と揉めてしまったのかもしれない。


この職場の一番のネックは、少数精鋭で女世帯であること。優秀な若い女性たちが集い、良くも悪くも相互依存し支えあうパワーバランスを作り上げていた。…そう、ここまでは容易に想像できていたし、さほど驚かなかった。4週間たった今も馴染めていないけれど、これも前向きな予定通り。そんな中で、わたしは冒頭で出てきた1つ年下の女性から指示を受けて日々仕事をしていた。

この女性は職場全体を統括するようなポジションで、聡明だしわたしよりも数倍大人びていたが、業務を教える経験がないことと、個人プレー型の人間であったため、彼女の指示はなかなか分かりづらかった。しかし、わたしも主語抜きで話してしまうことがあるようなタイプなので、容易に彼女のことは責められないし、なるべく話を汲み取るよう試みた。質問をしても要領を得ないやり取りになることもしばしば。

そして今日、業務を共にしているとき、わたしと彼女の中に認識の齟齬が生じていることが分かった。もうわたしは彼女が何をいっているのかさっぱり分からなくて、1つ1つ確認していくと、彼女のほうは「なぜこいつは理解していないのだ?」と不思議そうな顔をするばかりだった。

たとえて言うなら、テーブルの上にある赤い物体を指して彼女は「これはリンゴです」とわたしに教えた。わたしはリンゴという存在を理解する。しかし昼ごろになり、テーブルに置かれていたままのリンゴを見て彼女は「なぜリンゴを食べなかったのか?」とお腹を空かせたわたしに言う。彼女からするとリンゴは食べれるもの、それは当たり前、常識。しかしわたしはリンゴを食べれるものだと知らなかったし、それが自分に与えられたものだとも知らなかった。


だから話の節々でリンゴ論が出てきた。わたしは思わず「そういうことじゃなくて」と苛立ちを示してしまったんだけど、そうじゃなくて何なのか、わたしには上手く言えなかった。じゃあリンゴは食べれるって教えてくださいよ、と言っても、またガラス玉のような目で不思議そうな顔をされるだけだろう。

お前の当たり前は当たり前じゃない!
姫リンゴは食べれないだろうが!!

今のわたしならこう言いたい。
だけど昔、花屋に売っていた小さな姫リンゴを1個母に買ってもらい、美味い美味いと頬張っていたのは紛れもないこのわたしだった。

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