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まじまじめが社会に出て苦労した話


みなさん、こんにちは。

まじまじめです。

今回は、「まじまじめの人生物語」後の話である「まじまじめが社会に出て苦労した話」をご紹介します。

そんなもん興味ねぇよという貴方でも少しは共感できるかも…⁉︎

~まじまじめが社会に出て苦労した話~

体育会系

①学校で学んできたことと社会のルールは真逆

真面目こそ社会人のあるべき姿! と意気込んで社会人第一歩を踏み出した私が、まず初めにつまずいた暗黙のルール、それが「体育会系のノリ」でした。

体育会系=年功序列 

これは、職場にもよるかと思いますが日本のオーソドックスな企業や法人には、ほぼこの方程式が当てはまると言っても過言ではありません。

まずは、下のものが上のものを敬う。

その精神論こそが体育会系のノリであり年功序列制の柱です。

しかし、真面目に学生生活を送ってきた私にはそれが最大の落とし穴でした。

「私、文化系じゃん…」

学生時代に「体育会系のノリ」を一番避けていた私が、

真面目に人生を積み重ねて遊びのひとつもしてこなかった私が、

「急に体育会系になれる訳ないじゃん…」

体育会系といえば、まずは「飲み会」

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上司の好きそうな居酒屋を選び、軽くお酌。

上司が愚痴を言えば引きちぎれるほど首を縦に振る。

上司が帰れば先輩の愚痴にひたすら同意。

帰りは、幹事として飲み会代の集金係。

これが、これが日本なのかああああああああ

働くってなんだあああああああああああああ

と、膝から崩れ落ちたのが私の社会人1年目でした。

そこに求められるのは、知識という賢さではない。

何年か先を見据えた先見の明と上司の機嫌を取るあざとさでした。

残念ながら私は撃沈。

そして、負け犬は、余計な仕事をしこたま振られ上司のストレス発散人形と化していったのです。


〜BAT END〜

学生時代、どんなに苦労して「優等生」という称号を得ても社会システムには一切反映されません。

かと言ってゼロからのスタートでもありません。

職業選択という上に成り立つRPGのような社会生活が始まります。

良い大学を出て良い成績をあげた人間でも、社会のなかの立ち位置や階層が違うというだけで職場環境に特に大きな変化は感じられません。

感じられるとすれば、どれぐらい給料がもらえるかとか、福利厚生の手厚さぐらいでしょうか。

求人票には、風通しの良い企業なんて謳い文句が並んでいますが、果たして風通しの良さが何を表しているのか私には全くもって分かりません。

例えば、上司が部下の意見をよく聞いてくれるだとか、年功序列制ではなく成果主義だとか、様々な憶測が飛び交いますがそんな職場に出会えるのは、砂漠のなかから一粒の砂を見つけることぐらい稀なことです。

確かにステータスの良いエリートレベルになれば、表面上はホワイトかもしれませんが水面下では、ある意味真っ黒…なんてこともありますから皆さんご注意を。


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②社会に出ても人間関係のヒエラルキーは変わらない


「真面目人間」が苦手なこと。

それは、「誰かに頼ること」です。

誰にも頼らずに完璧に仕事をこなしたい。

真面目故の無謀なチャレンジは、無意識下で行われています。

どんなに机の上に書類の山が山積みになっても、どんなに先輩社員から仕事を振られても引き受けてしまう…

だって、私には忍耐があるから‼︎

真面目=忍耐 

真面目だからといって忍耐があるかどうかは別です。

誰にも頼らないということは、誰にも信頼されないということ。

完璧でいようとする人間はなぜか社会で浮きます。

なぜなら、みんな完璧ではないから。

多くの人間は、寧ろ、完璧でないことを認め効率よく仕事をすることのほうが大事だと思っているからです。

当然、自分達のペースを崩す者が現れた場合、仲間ではなく敵あるいは厄介者とみなされます。

ですが、この境地に社会人1年目の真面目人間が至ることは非常に難しいことです。

真面目だから誰かに頼りたくない。

真面目だから誰のせいにもしたくない。

真面目だから誰に迷惑をかけたくない。

真面目の呪詛にかかった後は、ただ自滅していくのを待つだけとなってしまうのです。

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〜BUT END〜

当然、社会に出てもいじめはあります。

真面目に働いていても揚げ足は取られるし、嫌味も言われます。

仕事でミスをしたから仕方ない?

そう諦めている貴方、やばいです。

なぜなら、仕事上のミスは人間である以上、必ず起きることだからです。

でも、ミスをした人間の人格まで否定するのはオーバーキル。

そして、完璧にいようと真面目の皮をかぶっていてもいつかはバレます。

真面目ということは、真面目でない人間からしたら居心地の悪いことです。

そこそこ仕事してそこそこ暮らせれば良いと思っている人たちからしたら、

真面目に頑張る人間は宇宙人のように見えることでしょう。

年齢も出身地も家族構成も趣味も全てが違う。

けれど、食物連鎖が永遠と続くように

世の中は常に弱肉強食。

どんなに頑張っても場の空気を牛耳ることの出来る人がトップに立ちます

集団において必ず「支配者」は出来上がってしまうものなのです。

私はこれまで真面目に生きすぎたことで失敗してきました。

だからこそ、真面目に生きすぎず「精神的な自由を得る」ためのノウハウを皆様にお伝えしたいと思っています。

どうか共感してくださった皆様、そしてマジメン(まじで生きてる真面目な奴らの略)の皆様、これからどうぞよろしくお願い致します。








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