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迎えに来なくてもいいと言われた。

彼は、今の作業所へ通い出してから1年半になる。

毎週月曜日には作業所へ迎えにいって、職員さんや利用者さんと少し話をして、無理なくやれてるかなぁと様子を見ていた。

今週の月曜日。いつものように迎えに行くと、ひどくしょんぼりした様子で車まで歩いてくる。車のドアを開けずに立ち止まり、周囲を見回したり、下を向いたりして乗ろうとしない。何かあったのかな?とは思ったが、とりあえず「荷物置いて車に乗ろうか」と声をかけると、後部座席に荷物を置いて、助手席に座った。

「今日はどうだった?」と聞くと、無言でポロポロと涙を流した。

とにかく驚いた。なぜなら彼は「ほとんど泣かない人」だからだ。赤ちゃんの時はともかく、3歳くらいから彼が泣くのを数えるほどしか見ていない。保育所、学校でも「今日は泣きました」という報告も受けていないし、むしろ「どんなことがあっても泣かない」と言われてきた。

骨折しても、縫うほどの怪我をして血まみれになっても泣かなかった。叩かれても、噛みつかれても泣いて訴えるということはなかった。

私が見た彼の泣き顔は、しつこく叱られて、自分がどうすればいいのかもわからなくて、ごめんなさいと謝り続けても赦してもらえなくて、逆ギレしたときが一回。

特別支援学校で2回ほど。全裸になって何かを訴えた時にも泣きながら訴えていたという。

遊んでいるときに、突然不安だといって泣き出したのが一回。

あとは、最近。映画で「感動しました」といってポロポロ涙をこぼした。それくらいだ。

情緒不安定なのか?何か悔しかったのか?不安があるのか?いじめられたのか?感動しているようには見えないし、一体何が彼をこんなに感情的にしているんだろう。考えてもわからないので、作業所の職員さんに聞くことにした。

「今日は何かトラブルがありましたか?」
「いえ、特になかったです。工賃の支給日で、たくさんあったと喜んでいました。」
「車にのってすぐに泣き出したんですけど。」
「えぇ!!!」

あわてて様子を見にきた職員さんの前で、ハンカチで目を押さえて泣いている。

「ちょっと確認してきます!」その職員さんはそう言って走って確認にいってくれた。

彼の背中をさすったり、ハンカチで涙を拭いてやっていると、職員さんが4人でやって来た。

「今日、彼に関わったのはこの4人なんですけど、誰も気づけませんでした。特に何もなかったように見えました。すみません。」と、揃って頭を下げてくれた。いや、別に謝ってほしいわけじゃないんだけど。

結局、何があったのかわからないまま、自宅に向かうことになった。

自宅までは30分ほどかかる。車を走らせ始めると彼が少し落ち着いてきたので話をした。

「さっきは悲しくて泣いてたの?嬉しかった?感動した?」
「悲しかった」
「そっか。悲しいことがあったのか」
「寂しかった」
「うん。寂しかったか。ママ遅刻だった?」
「遅刻しません。不安だった」

彼は何か不安なことがあった。それは寂しさを伴うものだったということがわかった。

コンビニでお茶でも飲もうかと誘うと、トイレ行きますと返事をしたので寄ることにした。

トイレを済ませた彼と、車止めに並んで寄りかかりお茶を飲んでいると、ぽつりと話だした。

「乗っちゃダメ。言われました」
「え?送迎車に?」
「はい」
「だって、今日はママがお迎えに行くからでしょ?」
「乗りたかった。」
「え?ママのお迎えより送迎車がよかったの?」
「はい。◯◯さん。一緒に帰ろう」
「◯◯さんに一緒に帰ろうって言ってもらったの?」
「はい、寂しいです。」
「そっか。それで涙が出たの?」
「違う。不安です」

ん?何が不安?

少し間をおいて「お迎え◯◯さん。しますか?」と言った。

ここでやっとすべてが繋がった。

実は彼は1年半通った送迎車で、ほかの利用者さんに叩かれたりつねられたりしていた。理由は彼の独語なのだが、まぁ親でもうんざりして「小さい声で」とか「静かに」とか言うことはあるくらいなので、精神疾患を持つというその利用者さんが我満できなかったというのはわかる。

事業所は、そのことに気づいていたが、彼を助手席に座らせて、後部座席に好んで座るその利用者さんと物理的な距離をおいた。

それでしばらくは直接的な叩く、つねる、髪を掴むなどという暴力もなかったのだが、後ろから座席を蹴るなどはしていたようだ。

その利用者さんの調子が悪くなってきたので、いろんなストレスの原因になるものを、はずしていこうということになった。その際に、事業所全体での送迎車のルートも見直しされた。

結果、うちの彼にとってもラッキーなことに、その人のいるルートから外れて、別のルートで通所することになった。それが「◯◯さんのいる送迎車」である。ルート変更があったのがちょうど一週間前。

◯◯さんは、普段から彼を気遣ってくれる人で、彼は一緒に送迎車に乗るのが楽しみだ。その日も◯◯さんは「一緒に帰ろう」と声をかけてくれたらしい。彼も一緒に帰りたかった。ところが彼はお迎えが来る日で、運転手さんは「今日はお迎えが来るから一緒に乗れないよ」と言った。

そして送迎車は◯◯さんを乗せて出発してしまった。彼は一人残されて寂しい思いをしているうちに「明日も乗せてもらえなかったらどうしよう」「前の送迎車が迎えに来たらどうしよう」などと考えていた。その不安は大きくて、自分で制御できずに涙が溢れてしまった。

ということのようだ。思わず「迎えに来てごめんなさい」と言ってしまった。彼はそんな私を見て、なぜか満足そうにしていた。

「大丈夫。明日も明後日も◯◯さんの車が来るよ。家に帰ったらちゃんと連絡もしとくよ。」というとにっこり笑った。

「次の月曜日はどうしますか?」
「ママ、お留守番」

え?お留守番なの?お役ごめんなの?それでいいの?と言いたいくらい、それはそれはさみしい一言だった。

私もそろそろ子離れしないと!でも、ほんとにいいのかな。今のところ彼の言葉が理解できるのは私だけだと思うけど。

不安だ。。。

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