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京都の食を盛り上げる、いちげんさん

先週、京都・東山にオープンしたガストロノミー「LURRA°」を体験してきました。

7月初旬に産声を上げたばかりの店で、
古い町家を見事にリノベした空間といい、
ワクワクするような京の里山の幸を
斬新なテクニックとセンスでアレンジした料理といい、
フーディー垂涎の店になることは間違いないと思います。
店を開けるまでのご苦労の数々は
この店の共同経営者の一人、宮下拓巳さんが詳しくnoteに記していらっしゃっていて、
まるでドキュメンタリーのように興味深いものでした。

ところで今回、LURRA°を体験した後、
私の脳裏に蘇ってくる一冊の本がありました。
1997年発行と、少し昔の作品ですが、
デビット・ゾペティというスイス人の青年が書いた「いちげんさん」という小説です。

1989年の京都を舞台に、スイス人の「僕」が、盲目の日本人女性と恋に落ちるという恋愛小説ですが、
描かれていたのは恋愛だけではありませんでした。
タイトルの「いちげんさん」は、元は遊郭で使われていた言葉で、
「店に紹介なく訪れた初来店の客」の意味です。
京の花街は、遊ぶ場所でありながら厳格なしきたりがあり、
誰の紹介もなく現れたよそ者は、「いちげんさん」と呼ばれ、
誰か懇意の客による引き合わせがなければ門をくぐることは許されません。

現代の京都でも、さすがにこれほどではないものの
古都の排他主義は人々の意識下に残っている、と言ったら、怒られてしまうでしょうか。
しかし、かつて私が学生時代の4年間をこの地で過ごした時も、
以前在籍したマダム雑誌の取材で京都を訪れた際も、
とても美しく気持ちよくおもてなししていただきつつ、
自分が明らかにこの地の人間でないことを、折々、気付かされたものでした。

老舗の小道具店の取材中、
「学生時代は京都にいました」と言った私に
「へぇ、どこ?」とおっしゃった美しい女将。
「墨染です。伏見の」と答えると、カラカラと楽しそうに笑って
上がる下がる西入ル東入ルがつかへん住所なんて、京都やあらしまへん」と言われたとき、
あまりに快活で楽しそうな様子に、嫌な気持ちさえ湧きませんでしたもんね。
(いや、でも、墨染も京都です。念のため)

京都の街はそうやって何百年もの間
市井の人々までもが「いちげんさん」をかる〜くキョヒることで、
無意識のうちに街のブランディングに成功してきたのではないでしょうか。
前述のデビットさんは、そんな京都の上品な冷たさに切ない思いを感じつつ、
この見事な作品を描いたんだと考えています。

しかしですよ。冒頭の「LURRA°」。
この小さな店の厨房には多くの多国籍の若い人たちがイキイキと働いていて、
たまたまかもしれませんが

「うち、京都出身者が今んとこゼロなんです」

とのことでした。
京都の食材に深いリスペクトを捧げるジェイコブシェフは、
デンマークやオーストラリアで培った現代的な手法と
昔ながらの発酵の知恵を組み合わせて
一皿一皿を仕上げます。

作ってる人もサービスする人も、
さらには、楽しく集う客も、みんながオールオブいちげんさん。
そんな賑やかな空間には
京都に対する限りない尊敬の念と溢れる好奇心が満ちていて、
なんともこう、

ナイス!!!

と叫びたくなるような楽しい夜だったのです。

「LURRA°」だけではありません。
京都を、自分たちのスタイルで愛し始めた人たちは他にもいます。
写真のヴィーガンラーメンは、三寧坂にこの春オープンした店「le sel」謹製。
幾種もの野菜を使って作り上げる味わい深いラーメンは、
海外や東京のガストロノミーで修業したシェフによる考案です。

「外国人客が多い京都なのに、本格的に美味しいヴィーガンの店は少ないよね」という発見をきっかけに、ユニークな店が誕生しました。

今後の京都、

いちげんさんと伝統の語り手たちがタッグを組んで、

さらに魅力的な街になるんじゃないかなぁと感じさせるショートトリップでした。

#料理 #ローカルガストロノミー #推薦図書

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フードトレンドのエディター・ディレクター。 「美味しいもの」の裏や周りにくっついているストーリーや“事情”を読み解き、お伝えしたいと思っています。