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日常の中でうまれかわる

SNSを見ていたら「人の気持ちは変わる、という当たり前のことが、怖くてたまらない」と書いている方がいて、すごく正直だなと思った。それで、こんな風に、人生における当たり前のことを自覚?して、好きなように抗いながら、受け容れながら過ごすことが、自分にできる基本だなと感じた。

生きるって、心も身体も揺らぎがあって、浮き沈みがあって、ふつうに無傷じゃいられない。やらかしたり、後悔したり、自分にガッカリすることは、いつでも起こる。それを頑なに拒んで、いつでも安全なところから人を見下して、そのくせ自分自身に劇的ビフォーアフターが起こりますようにと望んでいた時期がある。とにかく自分のことが嫌いで、嫌いを抱きしめる変てこな自己愛というか、やめたいけどやめられない、お金はいくらでも払うので人生リセットしたいです、みたいな感じだった。

棺桶に入って生まれ変わる、という儀式?に参加したことがある。本物の棺桶ではなく、パワーストーンで囲った空間に寝そべって、起き上がって、新しい私おめでとう!みたいなことを言った。まっさらなところから再出発したはずだが、すぐにまだ何か残っている気がして、晴れやかになりたくて、同じようなイベントを探した。

身体の細胞は日々何億個と入れかわっていて、そういう意味では誰しもが毎日しんで毎日うまれている。なのに殊更「新しい私」や「生まれ変わり」を求めるって、どういうことだろう。私の場合は、ざっくり省みると、いわゆるネガティブな部分を切り離したいという願望だったり、絶対に恥をかくことなく生きていきたいという想いが強かったと思う。生きていたら普通に起こることに対して、断固拒否!ってなってた感じがする。

変身願望は、今もある。キラキラした自分に限らず、いろんな自分を見てみたいと思う。そのためにすべきことは、なんかすごい儀式に参加することではなく、この身に日々起こる、あらゆる感情や衝動を、拒否しないことだなと感じている。自分のすべてを好きになる必要はなくて、でも隠す必要はなくて、そういうスタンスで目の前のことに取り組むと、知らない自分に出会いやすい気がしている。


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