見出し画像

”35歳・帝王切開・完母”の産後1年のからだの記録

初めまして。昨年夏に出産し、産後ちょうど1年を経過した都内在住ワーママ(35)です。先週末、夫と私お互いの実家とビデオ通話でつないで、子供の1歳を祝うオンライン誕生日会を開きました。

誕生日会は、コロナ禍で気軽に家族イベントができない状況で苦肉の策でした。それでも画面越しに、一生餅を背負う姿やケーキを食べる姿を3家族で共有でき、慌ただしくも忘れ難いひと時になりました。ところが一転、誕生日の前日になると、「0歳最後の日なんだ。もう0歳の我が子とは今日限りなんだ」という思いが頑として迫ってきて、切なさと寂しさでいっぱいでした。

誕生日当日は、去年の今頃は産院で帝王切開するかしないかの判断を促され家族会議していたな、とか、今頃はもう取り出されていて病室で泣き笑いしたっけ、とか回想していました。つまり、100%喜び全開という感情とは少し違うものを味わっていました。

そんな感情を引き起こした要因の一つに、産後1年経った今の身体の状態があります。妊娠前や出産直後には想像できていなかった、想定外だったことがいくつかあり、身体は日々変容するため、来年になったら痕迹もなくなり、記憶から消えてしまうことは目に見えています。座標に小さな点を打つような気持ちで、個人的ログとして、また興味のある方の参考になればと記録します。

腱鞘炎とばね指

産後2か月くらいから悩まされ始めた腱鞘炎。保育園に行き始めると治まる、という話を聞き、期待していたのですが、実際は完治せず今に至ります。緊急事態宣言の影響で、慣らし保育を再開したのは、息子が9か月になった6月から。通い出した直後は、症状が軽くなっていく自覚があり「これなら楽勝だわ」と完全に油断していたら、改善のペースが緩やかになり、ふとした弾みや何気ない角度になった際に、親指の付け根~手首にかけて瞬間的な強い痛みが走るように。最近では完全にばね指と化してしまいました。

特に辛いのが起床時。今年も例にもれず猛暑で、かつ1歳児がいるため、就寝中はクーラーを付けっぱなしで室温を保っています。すると、布団から出ている手首は冷やされていて、起き掛けの動き出しのタイミングが、固まってしまった手首に痛みを感じつつそれ以上は痛みが強まらないよう恐る恐る動かして解すのが毎朝のデフォです。

下腹部の疼き

これも起床時に毎朝感じる感覚。産後3か月頃~ずっと続いています。下腹部と言えば、女性は生理の影響を受けやすい部位ですが、その生理の症状や感覚も人それぞれなので「あれあれ」と言って「それね」と伝わるものではありませんが、個人的にはまさに生理の際の腹部感覚。生理が始まる前の子宮内膜が剥がれ落ちている時に感じるような、内側がむず痒く、下腹部の働きやその存在を感じます。でも起床時限定。日中や夜寝付く際などは感知しません。

ちなみに、会社の健康診断のメニューで婦人科も受けましたが、「静かに休んでいるね」と言うことで異常はないようでした。

胎動と思い違いするほどの腸の動き

腹部ネタが続きます。これは本当に、驚きでした。授乳中でしたし、できようがないのに、何度も胎動かと疑いました。それくらい、内臓の動きを明確に感じ取れるのです。場所的に、腸か胃しかないのですが、ゴルフボールくらいの突起物がお腹の内側からゴロついているのを感じたり、左から右に移動したり、急に出っ張ってきたり。嘘かと思いますよね?盛ってません。不安に思って調べたところによると、妊娠して胎動を経験したことで、以前からあった内臓の活動に敏感になることがあるそうで、内臓はこんなにハッキリ動いていたのか、とまぁ驚きました。

正中線が想像以上に残っている

妊娠中、ホルモンバランスの変化でお腹の真ん中に縦に入る正中線。産後は徐々に薄くなる、と聞いていたため、大して気に留めていませんでしたが、まだ残っているな、まだ残っているな、まだ残っているな、と数か月。と思ったら1年経ち、自分の想像ではもうすっかり消え失せているはずだった線は、まだしっかり線として残っています。before/afterで厳密に比べたら、多少薄くなってはいるのかもしれませんが、完全に消える、と思い込んでいたため、ちょっと残念。子供を授かるまでの過程であり愛しい痕跡ではあるのですが、綺麗なお腹、とは言い難いんですよね。

同じホルモンバランスの影響による色素沈着で言うと、顔のそばかすやシミも、産前より明らかに目立っており、薄くなったのかどうかもはや判断つきません。

帝王切開の縫合跡

これも消えませんでした。目立たない位置だし(パンツ下に隠れます)、いずれ目立たなくなるって聞くし、それほど気にしていませんでした。ところが、正中線以上に、ほぼ術後と変わらないくらいの程度感で残っています。縫合跡は、担当医の腕と術後のケアと経産婦の体質などによるようですが、私の場合は、体質なのかな?残念ながら綺麗なお腹を取り戻すことができませんでした。

あとは痛みね。抱っこしている時にお腹を駆け上がってきたりして、縫合部分を踏んづけられると、皮膚が引き伸ばされてそれなりにイタイ、笑える程度ですが。

体重と中性脂肪

体重は授乳していたため、みるみる落ちました。出産直後から母乳中心で、一時的に粉ミルクをあげる機会がないまま過ごしていたら、生後4、5か月頃気づいたら哺乳瓶を受け付けなくなっており(失敗した!)、いわゆる完母(完全母乳育児)になっていました。

そんなわけで、一時期は、部活に明け暮れて太れなかった中学時代の体重に迫る勢いでしたが、今はその手前で落ち着いています。8月に受診した1年ぶりの健康診断では、肥満率と中性脂肪が基準値の範囲を下回り、痩せ気味判定でした。自分史上、初めての数値で、授乳の威力を感じました。

スタイルと筋肉量

一方、体重は落ちているものの、スタイルという意味では、たるんだままです。ジム通いが日常だった過去の自分の目を向けると、全体にメリハリが足りず、だらしない印象が拭えません。

産後3か月くらいまでに、急激に体重が下降したため、お腹周りもえぐれるように絞れていったのですが、妊娠中に腹筋という腹筋がなくなっているため、たるみは取れません。そこへきて今、授乳が減り、体重減が落ち着いてきたため、余分なものが身体に付きやすくなっており、お腹回りもたるみが乗りやすくなってきました。先日ピラティスをした際に、妊娠前なら難なくこなせていたポーズが、へなちょこなくらい思い通りにいかず、積み上げてきた腹筋が綺麗さっぱりなくなってしまったことをまざまざ自覚しました。

メリハリ作りの一歩として、ウエストを絞りたく、腹斜筋や腹直筋、側筋を鍛えたいのですが、新型コロナでジムに行きにくい状況が悔やまれます。独身時代はジムに通い詰めていて、マシーンの中ではロータリトルソーが大好きでした。

目が見えにくくなった、気がする

眼科で計測したら気のせいだった、というのが結論なのですが、夕方になると新聞の文字が読みにくくなってしまった実感があります。ドライアイがちのため、涙と同じ成分の目薬を処方されました。新生児期に、夜間授乳しながら暗闇でスマホを眺めて過ごしていたことが、多少影響してしまっているのでは、と想像しています。目は大事にしなければいけませんね。

***

という感じで、大体書き尽くせたと思います。他に思い出したら、また書き足します。私は自然な行いとして、日頃から身体と向き合い、反応に気を配って過ごしています。そのため、妊娠・出産というイベントによる変化を切り出して記録しておきたい、という思いがありました。

このように一覧にすると、身体に対してそれまでなかった感覚を得たり、出産の痕跡という勲章が刻まれたり、というのが明らかで、妊娠出産という体験は、改めて興味が尽きません。

***

後日談があります。

オンライン誕生日会、出産前から大事に大事に取っておいた、ドンペリを開けました。そのため、その晩は、初めて離乳食のみで授乳なし。息子は初めてのケーキ(ピジョンの1歳からのケーキセットで)も食べてその日はお腹いっぱい。授乳ないことにも気付かずコロッと寝てくれました。

その晩が、完母から脱する卒乳のきっかけになったのは、嬉しい誤算でした。朝ごはん、晩ごはんの後の授乳を切り上げるタイミングがなく、卒乳の見通しなど全くでしたので。その晩をきっかけに、夜の授乳が2、3日に一回になり、自然とあげなくなり…今(9/5)では授乳は朝の一度のみ。

よってここ2週間、堰を切ったように夜の乾杯が増えました。解放感がやばい。

完全に卒乳するのはいつかな、とドキドキしながらその時を待っています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?