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【小説】逃避行

「秋山さんはなんでもできるね。」
「器用だね。」
「頭が良いね。」


そう言われることが多かった。

確かに、某有名私立大学を卒業し、
誰もが知っているような大手商社に新卒で内定して、
客観的な肩書とかステータスみたいなものは、持ち合わせている方なのかもしれない。
そのうえ、誰からも嫌われないように生きているので、
「秋山さんのことを悪く言う人はいない」
とも言われる。

そういう風に生きているんだから、そりゃそうでしょ、と思う。


だけれど、自分で自分のことを頭がいいだとか、羨ましいだとかそんな風に思ったことは一度たりともなかった。
あらゆることを要領よくこなせてしまう分、がむしゃらに努力することが苦手で、一定のレベル以上になることはできない。
大学は勉強すれば入れるし、就活だって対策すれば希望の企業に入社できる。だけど、その先に思い描いているものが、なんもない。



親友のサキは私とは正反対で、物事をはっきりと言うし、肩書とかステータスとかよりも自分のやりたいことにまっすぐな子だ。今もオーストラリアだかスペインだかにいて、働いている。とりあえず2年はいるらしいけど、「そのあとはどうするの?」と聞いたら「わかんな~い。その時決めるから♪」と、本当に語尾に音符マークがついているかのような返しをされた。私からしたら、彼女のような生き方の方が何十倍も羨ましかった。


理由のないサボり、当てのない旅、男遊び、自暴自棄、ダサいけどそんな類のものが人間らしくて羨ましいと思う。けれど私にはできない。


酒に溺れるのは好きだった。
ハタチを超えれば合法だし、家で1人で飲めば醜態を晒すこともない。飲みすぎた二日酔いの日、頭を唸らせる鈍痛や、胃の中のものを全部戻してしまう時、人間らしい営為をしているなぁと思えるのである。






その日は珍しく外で飲みすぎてしまった。
所属部の課長の昇進祝い。"昇進"と言っても一定の年次が訪れたら必ず保証されているような昇進で、そもそもコイツの仕事の半分くらいは私がやっていて、課長は私が何も言わないのを良いことに私の「教育係」、兼プレイヤーとして評価を得ている。

恥ずかしくないんだろうか。仕事をやらされていることなんてもうどうでも良いけど、みんなのお陰だよ、なんて言いながら2軒目のキャバクラに向かう課長にやけに腹が立って、反対方向の焼鳥屋で1人で飲んだ帰りだった。



体温が上昇しているのを指先の温度で感じ、
アルコールによる高揚感と浮遊感が徐々に不快感に変わる。

外で潰れるようなことがあっては私の体裁が崩れるどころか家族や友人に迷惑をかけてしまう。どこまでも続いているんじゃないかと思う無機質なアスファルトの途中に少しの影を見つけたので腰掛けた。


「……の、あの〜…、大丈夫すか。」

いつの間にか寝てしまっていたようだ。スウェット姿の男に声をかけられた。


「あ、大丈夫です。ちょっと休んでるだけなので。」
必死に顔と声で冷静を作り、答える。


「あ、いや、そうじゃなくて、ここ俺んちの前なんで、どいてもらわないと困るんすよ。」


「あ、すみません。今、行きますので。」
そう答えて立ちあがろうとしたが、頭にまた鈍痛が走り手先から足先まで痺れるように冷えていて、うまく立ち上がれない。


「まじで、こんな所で女の人が1人で寝てると、変な男に襲われるっすよ。」

そう言い残して男は無理矢理玄関から消えようとしたが、私の顔を見てその動きを止めた。どうしたんだろう、と呑気なことを考えていたら、右手の甲に落ちた一粒で自分が泣いていたことを知った。面倒事に巻き込まれたと思っているんだろう、男は髪を掻きむしり、眉間に皺を寄せた。




「仕方ないな。始発が出たらまじで帰ってくださいね。」

そう言って男は私をヒョイと持ち上げ、家に入れてくれた。持ち上げ、と表現したのはそれが所謂"お姫様抱っこ"でもなく、おんぶの体制でもなく、本当に重い荷物を持つような動きだったからだ。自分より歳下に見えるけど、男らしくゴツゴツした手を感じ、ドキッとしてしまったのは未だ抜けない酒のせいだ。

男の家は木造二階建て、今にも崩れそうなボロアパート。中に入ると、なぜか和室が2部屋あったが、他にも人が暮らしているんだろうか。そんなことを聞ける立場でも状況でもないけれど、やけに気になってしまった。


蛍光灯の灯りの下で見ると、男は私より随分と若く見えて、急に恥ずかしさが襲ってきた。モサモサの黒髪に上下黒のスウェット、焼けた肌にくっきりとした二重の目。


「ねえ、君はさ、何をしているの。」


「『何をしているの、』が仕事という意味で合ってたら、フリーランスで色々やってます。ホームページ作ったり、色々。知らないおねーさんに、そんな詳しくは教えられないけど。」


ふーん、と答え、男が目の前に置いてくれたコーヒーを飲む。午前4時。



「ねえ、私、ちょっとだけ、逃げてもいいかな。」



「良いんじゃないすか。おねーさんの人生はおねーさんの人生だし。」


「あなたの人生だから」なんて言葉は今までもたくさん言われてきたけど、男の言葉はなぜか乾いた私の心を潤し、今まで張り詰めていた糸が切れたように涙が出てきた。


「それに、おねーさん、明るい所で見ると結構カワイイし。」


男はあくまで自分の生活のペースを崩さず、何やら机の上でゴソゴソやりながらニヤッと笑ってそう言った。



「まあ、変な男に襲われないようにだけ、気を付けてくださいよ。」




午前5時。外ではカラスがガミガミと鳴き始め、それはまた同じような1日の始まりを知らせた。
やけに冷たそうな空を見て、そういえば今日から12月だと思い出す。


こんなに早い時間から動き始める始発を少し恨んだ、寒い朝のことだった。


(2,271文字)



普通に二日酔いで、朝気持ち悪〜、、って思ってた。っていう出来事を盛りまくりました。下書きに途中まで書いてあったのを、掘り起こし。






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