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『転生しても憑いてきます』#20

 けど、僕は歳を取ってもあの頃のままだった。
 心の傷はそう簡単に癒えなかった。
 ケーナに慰めても、領民達の暖かさに触れても、美味しいものを食べても、何度もあの悲劇が脳裏を過ぎった。
 後悔は時が経てば経つほど強くなる。
 あの選択は正しかったのだろうか。
 もっといい判断があったのではないだろうか。 
 何度も何度も思い浮かんでは、チクチクと心をむしばんでくる。
 ビーラを召喚して特訓を受けていた時は良かった――なんて回想を繰り返して、今を憎みそうになる時もある。
 もしもケーナがいなかったら、僕はとっくに自分の首を絞めていただろう。
 ケーナは本当に僕を可愛がってくれていた。
 お店の経営も大変なのに、しょっちゅう僕の様子を見に来てくれていた。
 訓練中は、差し入れとしてお店のまかない弁当を作って持ってきてくれた。
 その優しさに大泣きした事もあった。
 ケーナは何も言わずに優しく涙を拭いてくれた。
 こんな気持ちは長引いていはいけないと思っていても、どうしても思い出してしまう。
 あぁ、自分が憎い。

 そんな日々を過ごしていたある日、ケーナに引かれて領地内にある酒場に来た。
 不思議な事に彼女が営んでいるカフェではなく、この地から昔から人気のある酒場だった。
 外観はボロボロでお世辞にも綺麗とは言えないが、開きっぱなしのドアからは灯りだけではなく、大勢の笑い声や音楽が漏れていた。
 入るやいなや、大勢の飲ん兵衛達が僕を出迎えてくれていた。
「おー、誰かと思えば領主様の坊っちゃん! ようこそ、歓迎するよ!」
「ちゃんとジュースもあるから安心しな!」
「ここの料理は抜群に美味しいよ〜♡」
 などなど言って絡んできた。
 僕は困惑しつつも適当に応じながら付いていくと、奥のソファ席にカローナが座っていた。
「どうしたんですか?」
 僕がそう聞くと、カローナは「いや、たまには領民の日常も体験するのも悪くないかなと思ってな」とジョッキに並々に注がれたビールを口に付けていた。
 キャーラもクーナもいた。
 コナはいなかった。
 キャーラ曰く、学園の同級生と国外研修をしているらしい。
 僕は一番端の席に座った。
 テーブルを見ると、すでに宴が開かれたらしく、個数の少ない揚げた芋や食べかけの骨付き肉が並べられていた。
 そして、大きいガラスや樽のジョッキが各自の前に置かれていた。
 あんまり酒豪の印象はなかったが、恐らく王都に住んでいた影響で酒の味に目覚めたのだろう。
「坊っちゃん、ご注文は?」
 明らかに酔っているであろう、半裸の格好をした女性のウェイターに注文を聞かれた。
 瞬時にケーナが僕の眼を隠して「酒の入っていない果実ジュースを一杯」とやや尖った声で言った。
 たぶんおしゃぶりは外してから言っているのだろう。
 ベロベロウェイターは「はいはい、かしこまりぃ〜!」と陽気に鼻歌を歌いながら去っていた。
(本当に大丈夫かな)
 内心ドキドキしていたが、ちゃんと持ってきてくれた。
 一回ケーナに毒味で呑んでノンアルコールだと分かると、すぐに渡してくれた。
「では、乾杯!」
 カローナがジョッキを掲げ、他の姉達も続けてジョッキを軽くぶつけた。
 僕も少し背伸びをしてガラスのジョッキをカチンと鳴らした後、たっぷりと注がれたジュースを一口呑んだ。
 うん、サッパリしていて美味しい。

 最初は慣れない場所で緊張していたが、時間が経つに連れて慣れてきた。
 もちろん姉達がいるのもそうだし、料理で空腹が満たされたのも理由だった。
 酔っ払いの言う通り、この酒場の料理は絶品だった。
 特に肉のクリームシチューは何杯食べても飽きなかった。
 それに酒場内に流れている音楽も良い。
 ステージがあるのだが、そこでピアノやギターみたいな楽器を弾く演奏者と歌手がいて、陽気な音色と歌声で酒場を盛り上げていた。
 音楽が一区切りし、何名かの飲ん兵衛が拍手をした後、歌手がステージから降りた。
 すると、いきなりクーナが立ち上がったかと思えば、真っ直ぐステージの方に歩いていった。
 僕は眼を疑った。
 まさか、歌うのか?
 その予感は的中した。
 飲ん兵衛達の拍手と共に、クーナは上がり、演奏者達と目で何かのサインを送った。
 演奏者達は理解したのか、さっきまでの陽気から一転、しっとりとした音色を奏で始めた。
 飲ん兵衛達がユラリユラリと首を揺らす中、クーナが口を開けた。

春になれば
小鳥が歌い
運命と巡り合う
永遠の愛も
はかない恋も
羽ばたいて消える

春になれば
花が咲き乱れ
恵みを祝う
飢える苦しさも
えた浅ましさも
土にかえって眠る

春になれば
心は晴れ晴れ
笑顔で宴を開く
信じている事を
咎める事なく
争いは無くなる

雪降る夜は
孤独になり
不安に駆られるけど

後悔しないで
ねたまないで
憎まないで

殺意も嫉妬も自己嫌悪も
全て凍らせてあげよう

陽の光に暖められて
正しい自分に戻れるから

 僕はクーナが声に出して歌うのを生まれて初めて見た。
 誰かとコミュニケーションを取る時でも筆談かジェスチャーだけで、声で喋っているのを一度も聞いた事がなかった。
 なんて美しいのだろう。
 淀みのない清流みたいだ。
 でも、どうして歌なんか――と疑問を浮かんだ瞬間、ハッとした。
 もしかして僕のために?
 母が死罪になった事で、僕が負い目を感じていたから?
 僕を元気づけるために、クーナは……いや、カローナもケーナもキャーラも、みんなで話し合ってここに連れて来たのではないだろうか。
 何も喋らなかったクーナが、歌で僕を元気づけてくれている――そう思うと、三年分溜め込んでいた感情が溢れ出てきた。
 眼も鼻もグシャグシャになってしまった。
 ケーナはソッとハンカチで僕の顔を拭ってくれた。
 クーナの歌声に飲ん兵衛達はうっとりしていた。
 誰かが「春になれば〜♪」と歌うと、次々と歌い始め、酒場中が一致団結して大合唱が起きた。
 カローナもキャーラもケーナも合わせて歌っていた。
 僕は嗚咽を漏らしながら小さく口ずさんだ。
 演奏も盛り上がりを見せる。
 クーナもノリに乗ってきたらしい。
 さらに声を張り上げて歌った。

春になれば
雪は溶け
新芽が顔を出す
凍える寂しさも
震える悲しさも
雪解けと共に消える

雪解けと共に消える……

 最後ピアノとドラムの激しい伴奏が終わると、たちまち酒場中が割れんばかりの拍手が起きた。
 口でホイッスルを鳴らす者や「いいぞー!」「最高だぞー!」と叫ぶ者もいた。
 クーナは深く一礼すると、ササッと僕らの席に戻ってきた。
「お疲れ様! 凄かったわね!」
 キャーラが満面の笑みで感想を言うと、クーナは何も言わずに樽のジョッキをゴクゴクと呑んだ。
 プハッと息を吐いただけで、何も言わなかった。
 元の無言のクーナに戻っていた。
「クーナ姉さん、すごく綺麗な歌声だったよ」
 僕は心に思った事を伝えると、クーナは途端に顔を赤らめて、カローナの飲みかけのジョッキを一気に呑んでしまった。
 そして、バタンキューと倒れてしまった。
「もう、何やってるんだが」
 カローナが呆れた顔で回復魔法を唱えて、クーナを目覚めさせた。
 これを見たキャーラとケーナは大笑い、僕も釣られて笑った。
 久しぶりに心の底から笑った。
 これが幸せか――と思っていた時だった。
「危ない!」

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