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秋が深まってきた水曜日の夜に飲むホットチョコレートはただ甘いだけじゃない

仕事を終えて水曜日の映画館へ向かう。上映開始までぴったり一時間はあることを確認して少し急ぎ足になっていた歩をゆるめた。君からのメッセージにはまだ返信してない。今は君のことを少しでも頭や心や感情や私の一部から切り離したくて、早歩きになったり意識してゆっくり歩いたり自分とは違う、それぞれのスピードで進んでいく人々や景色を感じてみたりした。でもやっぱりどこかに君との関連性が生じてた。

ホットチョコレートを飲みながら上映までの時間を過ごした。本当はただのコーヒーにしようと思ってたのに、店員さんに「季節限定なんですよ」とおすすめされて、自分でもあっけないと思うくらいには「じゃそれで」と即決した。なんだかホットチョコレートという言葉の響きががすごく魅力的に感じた。大好きな秋。大好きな水曜日。大好きな映画館。ホットチョコレート。最高だ。

コンビニのおでんの売上が一番伸びるのは九月か十月だって聞いたことがある。急に気温が下がると人々は急にあったかいものを欲するのだという。たしかに私も最近急に、夏の間は一度も食べたいと思わなかったグラタンをランチに食べたんだった。ホットチョコレートのカップには蓋がついていなかった。「蓋、ください」と言ったら「マシュマロが上に乗ってるんで、蓋つけてないんです」と言われた。マシュマロが蓋の裏にひっついたっていいから本当は蓋をつけてほしかったけど、面倒だったからここの流儀に従うことにした。カップに口をつけてホットチョコレートを飲むと、上に浮かんでる溶けかけたマシュマロが唇について甘い。大胆に唇につくから慌てて舐め取る。さっき塗り直した秋色のルージュがあっという間に取れていく。そんなの鏡で見なくたって分かる。そんな私に気づく人はこの広い建物の中に一人もいない。

私も誰かにとって、ある季節が訪れたら急に存在感を増すような。急に欲しくなるような。なんで今までいなかったんだろうと逆に疑問に思われるような。そんな存在になりたい気がした。特に君にとってそうだったら尚いいだろうと思った。一年中一緒にいなくたっていい。その季節が始まって終わるまでの間だけ君にとって一番自然な存在でいれたら……。なんて素敵だろう。そろそろ始まるというときには欲しくてたまらなくなり、その季節の間中ずっと感じていて、去ってしまうのが寂しくて切ない。でもまた会えるのを信じて心やクローゼットにしまい込む。一瞬で通り過ぎてしまう季節、秋。

また季節が巡ってきたらキスしてほしい。君はいつもミント味。私はいつもいちご味。君とのキスは何度思い出してもドキドキする。今、口の中に広がるチョコレートの甘さを感じながら君のことを真面目に考えてた。一時間前まで、君のことなんか今だけでも私から切り離したいって思ってたことを忘れてた。映画が始まる。

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