見出し画像

遠藤ミチロウさんの想い出・前編(カルマティックあげるよ ♯135)

筆:KOSSE

「4月22日・遠藤ミチロウLIVE、当店にて開催。店内にてチケット販売中。」

それは大学4年生に進級したばかりの、春風の吹く4月初旬の頃だった。散歩のテリトリーだった道を徘徊中、よく前を通るカフェの窓ガラスに、そう書かれたポスターが貼られているのを見つけた。

「えっミチロウさん来るの!?マジかよ!」

驚いた僕は、チケットを入手するため迷うことなくそのカフェの中へと入った。僕は遠藤ミチロウのファンの1人であった。

遠藤ミチロウという人物は日本の音楽界ではとても有名な方なのだが、お茶の間レベルまで知られているかというと正直そうでもないかもしれないので、自身が好きになった経緯も交えつつ簡単に氏について説明させていただく。

僕が大学生だった当時、住んでいたアパートの隣部屋に乱太郎君(仮名)という人が住んでいた。彼は僕と同じ大学に通う同学年の学生で、選考学科こそ違えど隣人であり共通の友人も何人かいたため顔見知りの仲であった。身長180cm後半代でモデル並のスレンダーな体型、服装も細身のテーラードジャケットを羽織りジョージコックスのラバーソールを履きこなすという、伊達な出で立ちが似合う格好いい男であった。外見だけでなく内面も好青年で、気さくで明るい性格であると同時に頭のキレもよく聡明で、どんくさい僕は課外活動なんかではずいぶんとお世話になったりした。まあそんな乱太郎君もミョーチキリン日記の世界観にふさわしくやはり変なところはあって、ズボンの下に下着をはかないノーパンスタイルを好んで日々ノーパン通学したり、洗濯物を取り込む際全裸でベランダに出てたりとおかしな部分は色々とあったのでそのうち詳しく書いてみたいと思っているのだが、今回はその辺の話はおいておく。

大学2年生の冬頃のことだったと思う。ある晩、友人達と共に乱太郎の部屋を訪れる機会があり、みんなでゴロゴロしながら色々な話で盛り上がっていた。あーだこーだと話題が変わって、好きな音楽の話題になった時、乱太郎君はおもむろに本棚の中から一冊の本を取り出した。

「これ見てよ!この人超天才だよ!」

そう言って本を開いて見せてくれた。それは遠藤ミチロウ氏の写真集だった。乱太郎君は遠藤ミチロウの1ファンだったのだ。

その時点の僕も遠藤ミチロウという人物のことは既に知ってはいた。1980年代の日本の音楽界で『ザ・スターリン』という名のバンドでボーカリストとして活動しており、当時の若者から熱狂的な人気をおさめ日本のパンク・ロックの草分けと言われるほどになった人物である。そう書かれた記事をある雑誌で読んだことがあった。
当時の僕もパンク・ロックは好きだったが、好きで聴いていたのはセックス・ピストルズやクラッシュなどいわゆる「初期パンク」と呼ばれていた欧米のバンドが中心で、ザ・スターリンも所詮はただ日本人が海外のパンクのスタイルを輸入して演奏しただけの、亜流みたいなバンドだろうと勝手に想像していた。なら別にチェックしなくていいや、とスルーしてしまっていたのだ。今思えば悪い意味で頑固だった。

しかし乱太郎君が見せてくれたその本に散りばめられた写真には、僕のちっぽけな想像力を打ちのめしてくれるエネルギーがあった。

画像1

ザ・スターリンのライブの記録写真が大きくドーンと載っているのだが、ステージの上に立つ遠藤ミチロウ氏はなんとアソコをむき出して全裸で歌っているのである。(さすがに大事な部分は黒く塗られていたが)

それだけなら「キャーフリチン!ヘンタイ!」という破廉恥でどうしようもない印象で終わるはずなのだが、写真に写るミチロウさんは全裸でもとても格好よく見えた。細身なれどギリシア彫刻を連想させるような美しく引き締まった肉体の持ち主で、全裸でステージに立っていてもその姿が様に映るのだ。それは猥褻という概念を超越し、むしろ神々しく感じられるほどだった。

ページをめくりながら、乱太郎君はザ・スターリンがどんなバンドだったか色々話してくれた。どうやらかなりメチャクチャなことやってたバンドらしい。写真で見た通り全裸になるのはもちろん、ステージ上でオシッコしたり、解体された豚の頭や内臓を観客に向かって投げ飛ばしたりしていたらしい。一方の観客も観客で、そんな彼のパフォーマンスを楽しんでいたらしい。

画像2

画像3

とんでもないバンドだなあと思った。乱太郎君はスターリンが現役で活動していた頃はまだ幼かったのでさすがにライブを直接体験したことはないようだが、熱心なファンなだけあってよく知っていた。

それから乱太郎君は所有していたスターリンのCDをコンポでかけて聴かせてくれた。サウンドや曲調は僕が想像していた通り、初期の海外のパンク・ロックを連想させるラフでスピーディーな3コード中心の系統のものだったが、遠藤ミチロウさんの身体の底からひねり出すかのようなウネリの効いた声は癖があって面白く感じられた。更に彼はこれまた所有物である遠藤ミチロウ氏が作詞した歌詞がたくさん載っている、歌詞集本を読ませてくれた。そこに書かれた詞の内容がまた強烈だった。

おいらは悲しい日本人 西に東に文明乞食
北に南に侵略者 中央線はまっすぐだ
ほうらお前の声きくと 頭のてっぺんウカれ出し
見分けがつかずにやり出して 帝国主義者がそこらで顔を出す
(『STOP JAP』より抜粋)

ぱっと読むと攻撃的な言葉遣いなれど、自嘲的なブラックユーモアや、日本語独自の響きを活かした単語の組み合わせに対する実験精神を感じ取ることができた。

「遊びたい 遊ぶ女はキライだ!」という文だけで終わる『Fifteen』という歌もあった。読んで笑うと同時に「こんな歌が書けるなんて、たしかに乱太郎君の言う通り天才だな」と思った。

「遠藤ミチロウという人は、俺が思っていたよりはるかにすごい人なのかもしれないぞ!」

その一夜から、僕は遠藤ミチロウとザ・スターリンに対して興味津々の状態になった。乱太郎君のおかげである。思えば乱太郎君がベランダに出るときいつも全裸だったのは、ライブ中全裸になるミチロウさんへのリスペクトからだったのかもしれない。


さて好きになったからには彼等のライブを見てみたいわけだが、その頃にはザ・スターリンはとうに活動を休止して久しかったため、映像を通して体感するしかなかった。その当時はまだYoutubeなどの動画共有サイトがなく、過去に活動していたバンドの映像を見るためにはビデオなど映像ソフトを探す必要があった。

僕が学生だった頃はまだレンタルビデオ産業に活気があった時代だった。大学へチャリで通う通学路となっていた広い国道沿いに、よく通っていた創夢館というレンタルビデオショップがあった。そう遠くないところに全国展開している同業者のTSUTAYAもあったのだが、比較して企業力の小さい創夢館は差別化を意識してか、TSUTAYAに比べて品揃えがややマニアックだったりした。

創夢館の音楽関連のビデオコーナーの前で、ザ・スターリン関連のビデオがないか物色していると、1本見つけることができた。『Your Order!』というタイトルのVHSソフトだった。その頃は世間でもDVDへの移行が完全には進んでおらず、VHSもまだまだ現役のメディアだった。

画像4

(こちらはその後入手したDVD版のYour Order!)

早速借りて持ち帰り、自室のテレビデオに突っ込んで再生した。
ビデオの内容はザ・スターリン解散後、活動中に撮られた映像を時系列順にダイジェストとしてまとめたもので、ライブシーンからMV、出演した劇場映画からのクリップなどがつなげて編集されていた。その映像どれもが退廃的な空気を漂わせながらも、クールで格好よかった。『ロマンチスト』のMVで、歌舞伎の隈取風に瞼周りを塗った奇抜なメイクのミチロウさんが、悪魔のごとくカッと眼を開きながらカメラを凝視して叫ぶ。脳裏に焼き付くインパクトのある映像だった。ライブシーンを納めた映像では画面の向こうから現場の熱狂が伝わってくるようだった。スターリンもすごいが観客もすごい。おしくらまんじゅう状態でステージ際まで押し寄せて腕を上げながら踊り狂う観客が大勢いた。血の気の多い観客とミチロウさんがステージの端で取っ組み合う場面もあった。後から調べてみるとザ・スターリンのライブはだいぶ危険な現場だったそうで、全裸になったり豚の臓物を撒き散らしたりするミチロウさんはもちろんなのだが、押し寄せる観客も爆竹鳴らしたり喧嘩始めたり金属バット持って暴れたりと物騒な行為を散々やってたそうで、会場を出禁になることもしばしばだったのだそうだ。

そしてこのビデオ、中盤に流れる各クリップを挟むような形で、シークエンスの頭と最後の場面で、マンションの部屋の中にいるミチロウさんがモノクロームの映像で映される。メイクしていない素顔のミチロウさんだ。彼はキッチンに立ち、まな板を包丁でトントンとたたいている。まな板の上には何も乗っておらず、トントンと包丁の音だけがただ響いている。シュールな映像だが、虚無感も漂っている。間に挟まれた熱狂に満ちた活動中の映像とは対照的な静けさで、これがミチロウさんによるアイディアなのかどうかは知らないが、映像の構成に単なるロックバンドに収まらない知性を感じとることができた。「すげえ!」と感激した僕は乱太郎君にビデオのことを伝え、彼の部屋で興味のある友人後輩を集めての上映会を開催した。乱太郎君はとっても喜んでくれ、集まった皆と楽しみながらビデオを鑑賞した。

ザ・スターリンの面々が出演した『爆裂都市』という劇映画もレンタルして観た。ハチャメチャで破天荒ながらも男の子が憧れそうな格好良さが詰まっていて、とてもおもしろい映画だった。近未来の荒廃した都市が舞台の映画で、ザ・スターリンは突然街にやってくる危険な流れ者のバンドみたいな役だった。真っ赤なマントをひるがえす奇妙な衣装に身を包んだミチロウさんが、人だかりの中を突き進むトラックのキャビンの上に乗りながら拡声器で叫び散らす。

「オ・レ・ノ・ソ・ン・ザ・イ・ヲ〜〜〜!ア・タ・マ・カ・ラ、カ・ガ・ヤ・カ・サ・セ・テ・ク・レ〜〜〜!」

その後のライブシーンでは普段のライブでもやってるように、解体した豚の頭部や臓物を観客にぶつけたり、盛大に放尿したりする。劇中のミチロウさんは最期、都市の治安を取り締まる機動隊の策略によりライブ中に感電させられ爆発、あっという間に燃えて死んでしまう。しかしこの感電死する際の映像がフィルムの上からインクか何かで色を塗っただけのローテクな特殊効果で、編集もコマを荒く繋いだ程度の異様にカクカク動くチープでヘンチクリンな実写アニメーションになってしまっており、僕は失礼ながら観ていて爆笑してしまった。ただこのシーン、荒っぽい故のスピードと迫力と色彩美に満ちていて、僕は大好きである。

そうしてどんどん気持ちがのってきた頃にザ・スターリンのCDも入手した。
活動中にリリースした『STOP JAP』と『虫』という2つのアルバムがカップリングされ、ボーナストラックも追加された『Best sellection』という2枚組のベスト盤である。
大学3年生の後半頃は、とにかくそのCDばかり自室で聴いていた覚えがある。疾走感と攻撃性とディストーションに満ちたサウンドの上を、ミチロウさんのエネルギッシュな叫び声がのたうち回る。残酷ながらもどこかユーモラスなエッセンスも感じられる詞世界。混沌とした言葉と音の激流がヘッドフォンを通じて頭の中に流れ込んでくる。その刺激がたまらなく快感だった。

画像5

(こちらはBest sellectionではなく、その後買ったSTOP JAPのリマスター版CD。実はBest sellectionは数年前に手放してしまった。)

そして遠藤ミチロウという人物について調べていくうちに一つわかったことがあった。
当時僕が学生生活を過ごしていた土地は、東京からはるか離れた、辺りをぐるっと山々に囲まれたある地方都市であった。夏は蒸し暑く、冬には雪がこんもりと積もる。最先端のブランド物を扱う店は少ない。それでも住めば都の言葉通り慣れると住み心地は良いのだが、おそらく世間的にはネームバリューでいばれるような土地ではないだろう。
しかしミチロウさんがザ・スターリンを結成する以前、大学時代を過ごしていたのが、なんと僕らも住んでいるこの街だというのだ。つまりミチロウさんが青春の大学生活を送っていた街で、僕も今青春の大学生活を送っているというわけだ。それを知った僕は、ますます勝手な親近感を彼に対して抱くようになった。

さて、ここら辺で時間軸を記事の冒頭に戻す。
ザ・スターリン、そして遠藤ミチロウという人物の虜になっていた僕の目の前に、彼の来訪を知らせるポスターが飛び込んできたわけだ。
ポスターが貼られていた店は、以前から存在を知ってはいたがまだ入ったことのないカフェだった。

当時のミチロウさんはラウドなサウンドが主体だったザ・スターリン時代から変わって、一人でアコースティックギターを弾きながら歌うスタイルで日本全国津々浦々をツアーしていた。それについては当時の僕も調べた上で知っていたが、ザ・スターリンの激しいバンド・サウンドに親しんだ自身にとってはアンプラグドのギター弾き語りの演奏というのはいまいちピンとこなくて、ソロで出したCDなどもチェックしてはいなかった。しかしミチロウさんの歌う姿を直に見れるのは嬉しい機会だったので、迷わずチケットを入手する気持ちが湧きカフェの店内へと入ったのだった。

そこはテーブル席が5つほど、奥に横並びのカウンター席が4席ほどあるこじんまりとしたカフェだった。別にライブ用のステージがあるわけでもない。財力はなくとも夢と時間のある学生達が、飲食と駄弁を楽しんでいそうな、木製のインテリアに囲まれた憩いのカフェという雰囲気だった。壁にはブルース・スプリングスティーンの『明日なき暴走』のジャケットを引き伸ばした大判ポスターなど、音楽を連想させる印刷物がたくさん貼られていた。店内のあちこちを陣取る高さ2mほどもある本棚の中には、漫画本がぎっしり積み込まれ、だいぶ年月が経っているのか中棚の中央が少しU字型に凹んでいた。
僕はその店が一目で気に入った。少し古ぼけているが、とても色気のある古ぼけ方だった。この空間そのものが1つの宇宙となって地球から分離して浮かんでいるような気がした。

「いらっしゃ〜い」

カウンター席の向こうの厨房で、バンダナを頭に巻いたマスターらしき人が声をかけてくれた。たまたま他に客は誰もいなかった。僕はカウンター席に座って、アイスオーレを注文した。僕は冷たいカフェオレが大好きだった。
飲み物を待っている間にチケットの件をマスターに聞くと、「あるよ〜!」と快く答えてくれた。そこから話が弾んで音楽から世間話まで色々なお話をした。マスターは初対面にも関わらずとても気さくに接してくれる人だった。名前はアリスさんという。ただしこれはニックネームで、外見は僕と同じオリエンタル系のアジア人であり、日本人としての本名が別にある。そしてアリスという名前にも関わらず風格の漂う男性である。

なんとアリスさん、ミチロウさんがかつてこの辺で大学生活を送っていた頃、よく彼と一緒に遊んでいた仲なのだそうだ。ミチロウさんがこの地を離れた後も関係は続いていて、今回店内でライブを開催するのもその仲があってこそなのだ。

アリスさんと楽しく談笑し、冷えたアイスオーレを美味しくいただいた後、うつむくミチロウさんの横顔のイラストが印刷されたチケットをマスターから受け取った。僕はチケットをそっと懐にしまうと、会計を済ませアリスさんにお礼と挨拶をして店の玄関を出た。細い道路を挟んで店の向かい側には、ここら辺では有名な国立大学の正面玄関がある。この大学こそがミチロウさんが通っていた大学なのだ。僕が通っていたのはこことは離れた別の大学なのだが、住んでいたアパートは立地面でこちらの国立大学の方が近かったので、縁がない癖によく周辺を徘徊していたのである。


そして4月22日、ライブ開催当日。
ライブは夜からのスタートだった。早めに来た僕はカフェのテーブル席の一角に座って、ビールをちびちび飲みながら待ち時間をつぶしていた。

画像6

カウンター席の前に、ステージ代わりのスペースが出来ている。どうやらそこで歌うようだ。僕はとても緊張していた。映像の中でしか見たことのない遠藤ミチロウという人物が、もうすぐ半径5mも離れていない目の前までやってくるのだ。

待っているうちに、始めは閑散としていた店内も、徐々に混んできた。アリスさんとスタッフも接客業務で忙しそうだ。ふと店内を見回すと離れた席に乱太郎君の姿を見つけた。僕からは誘っていなかったのだけれど自分のアンテナで察知して来てくれたみたいだ。もともと彼はミチロウさんのソロライブは以前にも観たことがあると言ってたし、マメに情報をチェックしていたのだろう。とは言え単に僕がシャイなだけだったのだが、今思えば誘わなかったなんて薄情で悪いことをしたなと思う。

ぼんやり店内の人間観察をしたり、携帯電話をいじったりしながら時間をつぶしているうち、ふとステージの方を見ると、ギターのストラップを肩にかけ、演奏の準備をしている男の後ろ姿が見えた。ニット帽にTシャツにスキニーパンツ、全身黒づくめだ。後ろだから顔は見えないが間違いなく遠藤ミチロウその人だ。一体いつからそこにいたのだろう。この店には楽屋も裏口もない。正面の入り口からのこのこ入ってきた気配もなかった。まるで彼は忍者のように突然現れたのだった。

「そろそろ始まりま〜す!」

アリスさんがそう呼びかけて間もなく、演奏準備をしていた男がこちらを向いた。目の上に黒い隈取風のメイクを施した、まさに遠藤ミチロウ本人だった。ビデオや写真で見ていたかつての頃から時は経っていたものの、一目でその人とはっきりとわかった。観客達が息を飲むのも待たずアコースティック・ギターの弦がジャンッ!!とかき鳴らされ、ミチロウさんは歌い出した。

「ジジイ!ジジイ!ニュージジイ!
 トエンティワンセンチュリーイ!クソジジイ!」

画像7

『21世紀のニューじじい』という歌でライブは始まった。

後編へ

(文章・写真:KOSSE イラスト:ETSU)

目次→https://note.mu/maybecucumbers/n/n99c3f3e24eb0

サポートしていただいた場合モチベーションがバビューンと急上昇する事があります。いつもありがとうございます!