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合成酢は本当にダメなのか ~まるこめ酢問題を解く~(前)

※上記は以前の記事です。

先日、『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』(樋口耕太郎)という書籍が出版された。

この書籍は沖縄タイムズ紙に連載された記事の収録が主になっており、現代の沖縄における貧困や経済格差、文化格差の問題などを取り上げたものとなっている。

その中で、沖縄で使われている「まるこめ酢」について書かれている部分があった。沖縄タイムズのサイトにも現存している。

そして経済評論家の上念司氏(実は私が塾講師時代の上司だったのだが)が語る「まるこめ酢問題」とは何か。

沖縄県人は他人と違う行動をとることを嫌う。昔から人気のあったブランドをそのまま使い続け、変化させようとはしない。

このような沖縄県人のメンタリティが経済格差の温床となっていることを指し、上念氏は「まるこめ酢問題」と定義した。その品質を問うことなく、昔から使い続けている酢にこだわり続けている……と。

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では、そもそも「まるこめ酢」の何が問題なのだろうか。

まるこめ酢とは、マグマという鹿児島県の企業が生産している酢である。沖縄県産ではない。

そして「合成酢」である。

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消費者庁における規定によると、下記を合成酢と定義している。

「 氷酢酸又は酢酸の希釈液に、砂糖類、酸味料、調味料(アミノ酸等)、食塩等を加えた液体調味料であって、かつ、不揮発酸、全糖又は全窒素の含有率が、それぞれ1.0%、10.0%又は0.2%未満のもの2 1又は氷酢酸若しくは酢酸の希釈液に醸造酢を混合したもの」

つまり醸造酢を加えても、酢酸を希釈した液体が入っていれば合成酢と表記されるのである。まるこめ酢は醸造酢が一切入っていない、100%の合成酢である。

しかも数倍に希釈して使わないといけないぐらい濃厚なものである。

Wikipediaによれば、日本では沖縄県のみで酸度の高いもの(合成酢)が常用されるとあり、まさに沖縄独特の文化と言えるようだ。

だがまるこめ酢という名前で検索すると、惨憺たるサジェスト結果が出る。

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体に悪い、石油から作ったアルコールを使用している、そして貧困問題の元凶であると。

『美味しんぼ』でも合成酢でしめサバを作ったら食中毒を起こした、などと言いたい放題されるがままである。(※なお、私は合成酢と食中毒の関係については明らかに嘘だと考えている)

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沖縄タイムズと同じ地元紙である琉球新報のサイトでは、こう書かれていた。

50年ほど前はね、沖縄には合成酢しかなかったのよ。比較のしようがないから、沖縄の人はこれがお酢だと思っていたんでしょうね

美味しんぼ66巻にも「良い酢」の代表として描かれる京都府の飯尾醸造のサイトによれば、

戦中・戦後の食糧難の時代には、米を原料として酢を造ることが禁止されていたため(昭和12年から28年まで)、一時は市場の大部分をこの合成酢が占めていました。

おそらくこの2つの記事で書かれていることが事実と思われる。

沖縄ではあまり酢を作っておらず、地場産業として存在する泡盛からもろみ酢を作るようになったのは1973年、日本に返還された後の話である。

戦前の沖縄では、酢は一部の家庭で甘酒から醸造するか、地元特産の柑橘類シークワーサーの果汁を使う程度で、あまりメインで使われていなかったようである。(出展:『文化遺産の世界』沖縄の調味料あれこれ

つまり「米を使って酢を作れなかった時代に」「米を使わずに作った合成酢を」「日本から輸入して使い」「沖縄人がそれに馴染んだ」からこそ、合成酢が現在まで生き残ったのである。

つまり沖縄人がもう少し進取の精神をもっていれば、合成酢なんてインチキな紛いものはあっさり滅びたのであろう…………

と早合点してはいけない。

ここで沖縄県にある会社が製造する合成酢、「まるた酢」を見てみよう。

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沖縄では料理に使われるほか、殺菌や掃除に使われる方もおられます

この文章が非常に気になるところだ。

合成酢で掃除をしないといけない理由は、このサイトにあった。

>生活用水や農業用水は全て地下ダムに頼っているのです。
>この地下ダム、元々の地質を利用していて雨水を地下の琉球石灰岩の層に蓄えているわけですが、蓄えている間に炭酸カルシウム・マグネシウムが水にたっぷり溶け出して、いわゆる硬水になっているのです。

>台所や風呂場ではこの水、結構厄介者なのです。
>湯を沸かしたやかんや、電気ポットの内側はあっという間に真っ白になるし、風呂場では壁や鏡に卵の殻のようなカルシウムが頑固にこびり付いてしまいます。
>こんなとき、活躍するのはお酢です。

沖縄は土壌が石灰岩質であるため、硬水の水垢を除去するためには酢、それも濃厚な合成酢こそが適していることが分かる。

そして「殺菌」とは何か。

それは沖縄に多く生息する有毒生物、ハブクラゲへの対策である。

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応急処置欄に「食用の酢をたっぷりかける」とあるのが分かる。そして沖縄では、漁師だけでなく一般家庭においてもハブクラゲ対策として酢を車の中に常備しているケースがあるそうだ。

実際には5%程度の食酢が理想的であり、まるこめ酢では酸が強すぎるという。だが普段から海で暮らすものにとっては、下手に弱い酢を使うよりも強い酢の方が効果が強く感じられるのだろう。

まるこめ酢が沖縄で今でも売れている理由を、沖縄の貧困と安易にリンクさせてはならないと思う。

水の事情、海の事情、歴史的な事情、そうした要素がすべて複合した上で生まれた文化なのだから、無下に腐すのは間違いである、私はそう考える。


ところで、私は今までこう考えていた。「合成酢は沖縄独特の事情のため、沖縄だけで生き残っていた」と。

だが、そんな私の考えを粉砕する記事が目に入った。それも野球好きの私が野球関係の記事を漁っていたときの話である。

ロッテ・佐々木朗投手が恋した調味料 「酢の素」注文殺到

岩手県は三陸沿岸部の出身、地元の大船渡高校を県大会決勝まで導いたエースで、鳴り物入りでプロ野球に入団した佐々木朗希投手。

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沖縄とは無縁な彼が、酢の素――すなわち合成酢を好んでいたのである。(続く)


「競馬最強の法則」にて血統理論記事を短期連載しておりました。血統の世界は日々世代を変えてゆくものだけに、常に新しい視点で旧来のやり方にとらわれない発想をお伝えしたいと思います。