【怖い商店街の話】 元宝石店~シャッターの隙間~


かつて家族で賑わいを見せていた商店街が、不景気や高齢化や駅前開発の煽りを受けて次々と店舗が閉鎖し、いつしか廃れてシャッター通りと化してしまうと事は珍しいことではなくなった。
俺が生まれ育った街にも、そんな廃れてしまった商店街がある。
だが、その商店街が廃れてしまった理由は他にもあったという。
まだ活気があった頃から商店街ではよく火災や事件が起きていたらしく、亡くなった人も多かったそうだ。

あの商店街は呪われている。
なんて噂が、俺の子供の頃から学校や町中で聞こえていた。
それを裏付けるかのように幽霊の目撃談までもが広がって、商店街は少しずつ開かずのシャッターが目立つようになった。
近所に住む者は、いつしかそこを幽霊商店街と呼ぶようになった。

だが、今でも営業している店はいくつか存在する。
その時間帯だけは、買い物客で賑わっている。

その中で、今はシャッターが閉まり営業をやめてしまった店に噂はあった。
かつて、小さな宝石店だった店。
店主は細身で気の弱そうな年配の男性だった。
店内はひときわ照明が明るく、強化ガラスのショーケースに飾られた宝石がいつもキラキラ輝いていた。
商店街に訪れる人は、必ずといっていいほど、その光に目がいくという。
値段もリーズナブルで、購入している人の姿をよく見かけたらしい。

そんな宝石店は、ある日を境に閉店してしまった。

原因は、五年ほど前に起こった強盗殺人事件。
店主は閉店準備で片づけをしている最中に、背後から強盗に襲われた。
刃物で刺され、店内にあるほとんどの宝石を強奪された。
すでに電動シャッターが半分以上閉まり、外からは見えない状況で犯行が行われた。

だが、犯人はすぐに捕まった。
当時、雇っていたアルバイトの犯行だった。
それからすぐに、店は廃業となった。
噂は、それから少しして生まれたという。

店主が亡くなり宝石店が閉店してから、ずっとシャッターが閉まっている状態になった。
新しい店が入るわけでもなく、テナント募集もなく、放置されていた。

しかし、ある時からその前を通りかかると、時々シャッターがほんの少しだけ開いてることがあるという。
誰が開けたのかわからず、気が付くとまたシャッターは下まで閉まっているらしい。

そして、噂が生まれた。

隙間の向こうには店主の幽霊がいるとか、店主が怨霊となって人を食うとか、はたまた強盗や警察が回収し損ねた宝石が転がっているとか。
面白がって中に入ってしまった者は、戻り際に動かぬはずの電動シャッターに体を挟まれたり、精神異常を来したり、行方不明になったりするという噂だった。
俺たちの学校でもその噂で盛り上がってる女子がいたが、俺はそんな噂に興味がなかった。

しかし、その噂を身をもって体験することになった。

ある日の夜、親友の陽介と商店街のアーケードを歩いていた。
俺たちの家は、アーケードを抜けた先にある。
すでに営業時間も過ぎて開いている店はなく、俺たち以外に歩いている人はいなかった。
誰もいないアーケードに、陽介の笑い声が響いていた。

ちょうど宝石店の前を通り過ぎようとした時、ふとシャッターが少し開いていることに気づき足を止めた。

「どうした?」

「シャッターが開いてる」

俺が指を差すと、少し開いたシャッターを見て陽介も驚いた。

「ほんとだ」

シャッターは、噂通り人の頭がギリギリ通れるぐらいの高さまで開いていた。
「ちょっと中見てみようぜ」

陽介は興味津々にそう言った。

「よせよ」

「噂の検証してみようぜ」

「デマに決まってるだろ」

陽介はシャッターに近づくと、手をついて中を覗き込んだ。

「何か見えるか?」

そう尋ねると、陽介は「真っ暗だな」と言いながら、スマホのライトで中を照らした。

「見えた」

陽介はスマホのライトで中を照らしながら、中の様子を伝えた。
店内にはガラスのショーケースが壁側と中央にあり、それらはすべて荒らされ無残に割られ、床には割れたガラスの欠片やゴミが散乱しているそうだ。

そして、陽介はシャッターの隙間の高さを確認すると、

「なぁ、中に入ってみようぜ」

と俺に投げかけたが、俺は「嫌だ」と拒否した。

「一つぐらい、宝石が転がってるかもしれないだろ?」

「俺は御免だよ。制服汚したくないし」

「俺、ちょっと入ってみるからさ。誰か来ないか見ててくれよ。もし来たらすぐに呼んでくれ」

陽介はそう言うと、電動シャッターが勝手に動き出さないかどうか手で数回シャッターの底を叩くと、そのまま体を地面に這わせて店の中に入っていった。
俺は店の外で誰か来ないかをハラハラしながら待っていた。

シャッターの向こうでは、陽介がガラスを踏み歩く音がする。

「何にもないなー」

シャッター越しから陽介の声がする。

不意にアーケードの中を冷たい風が吹き抜け、嫌な予感がした俺はシャッターの前で屈みながら陽介に向かって早く戻るように言った。

「OK、戻るわ」

陽介の声と足音が近づいてくると、足で何かを避けている音がした。
たぶん、入り口付近に散らばったガラスの破片を、足でどけているのだろう。

「出るから、スマホ持っておいてくれ」

シャッターの隙間からスマホを持った陽介の右手が出て来て、俺はスマホを受け取った。
陽介は仰向けで両手をシャッターにかけて出てこようとしていた。
だが、陽介の肩が出てきたところで、突然動きが止まった。

「ふざけんな」

そう呟き、陽介は険しい顔をしながら足を蹴るように動かしていた。

「どうした。早く出て来いよ」

「誰かが俺の足を掴んで引っ張ってる」

「は? 何、言ってんだ。中に誰もいなかったんだろ?」

「知らねーよ! けど、確実に足を掴まれてる。助けてくれ!」

「助けるって、どうやって!」

「手を引っ張ってくれ!」

俺はどうしていいかわからず、とりあえず陽介の右手を掴み引っ張ろうとした。
だが、強い力で引っ張られているようで、なかなか外に引っ張り出すことはできなかった。
何度か陽介の体はシャッターを境に、綱引きの状況が続いた。

次第に陽介の顔がシャッターに擦られ出血し、陽介は痛がるようになった。

「やめろ。痛ぇーよ」

「一体、誰が引っ張ってるんだ!」

らちが明かず、俺は陽介を引っ張っている奴に手を放せと言うことにした。
痛いと叫んでいる陽介にシャッターを放すなと言い聞かせ、俺は陽介のスマホを借りて体を伏せた。
そして、店の中にライトを照らして覗き込んだ。

店内はライトを照らしても薄暗く、光の届かない場所は真っ暗だった。
わずかに、何かの気配と息遣いが聞こえ息をのんだ。

そして、スマホのライトを陽介の足元へゆっくりと滑らせた。

そこにいたのは、まるで獣のように息を荒げ、四つん這いになりながら陽介の足を掴んでいる男だった。
顔も手も真っ赤な血に染まり、見開いた目も赤く見えた。
途端に悪寒が走り、俺は恐怖でおののいた。

次の瞬間、叫び声とともに陽介の体が店の中に引きずり込まれていった。
店の奥に引きずられそうになる陽介を助けようとしたが、動くはずのない電動シャッターが動き出し、シャッターは完全に閉じてしまった。

店内から、陽介の悲痛な叫び声が聞こえる。
なんとかシャッターを持ち上げようとしがたが、まるで動くことはなかった。

俺は慌てて近くの交番へ駆け込み、その場にいた警官とともに宝石店に戻って来た。
事情を説明しながら、警官と二人でシャッターを持ち上げようとしたが動かず、警官は店の裏の電源を入れようとしたが、故障しているのか電源は入らなかった。

結局、店の裏口の鍵を開けることになり、時間がかかるからと未成年の俺は家に帰るように促されたが、俺は陽介の事が心配でならなかった。
すると、警官は陽介を保護したらすぐに連絡をくれるというので、俺は渋々家に帰った。
家族には内緒で、俺は家でずっと連絡を待った。

そして、深夜0時を過ぎた頃、家に電話がかかって来た。
陽介が店の中で見つかったと。
ガラスケースにもたれながら、陽介は泡を吹いて気絶していたという。
命に別状はないと言った。
俺は、それを聞いて安堵した。
最後に陽介を引きずり込んだ男の事を尋ねたが、店内には陽介以外に誰もおらず、逃げた形跡もなかっという。

翌日、俺は交番で事情聴取を受け、警官二人にこっぴどく叱られた。

陽介はしばらく入院することになった。
意思疎通が難しく、隙間をやたら恐れて暴れだすのだと陽介の母親が言っていた。

それから俺は、一人でアーケードの中を通って家に帰っている。

だが、その途中であの店のシャッターがまた少しだけ開いていたとしても、俺はもう二度と関わりたくはない。


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