見出し画像

入浴中の侵入者

私は休みの日になると、薄暗くした浴室の中でお風呂に浸かりながら、飯を食べたりスナックをつまんだりしながらスマホで動画を見るのが好きだった。

それは大学生の頃の話。
前日、これから長風呂を楽しもうと服を脱いだところでバイト先の店長から電話があり、急遽ピンチヒッターを頼まれた。
その日は大雨も降っていて行きたくなかったが、仲のいい先輩の急病とお手当をくれるというので引き受けた。
先輩に心配のメッセージを送ると、既読はついたものの返事はなかった。
相当体調が悪いのだと思った私は、そっとしておくことにした。
結局、その日は楽しみにしていた長風呂は叶わなかった。

翌日、代わりに休みを貰えた。
日が暮れたあと、私はさっそく浴槽に湯を張り、スマホを防水ケースに入れてつまみとジュースを持って湯に入った。
鼻歌交じりでつまみを食べながら、好きな動画を楽しんでいた。
しばらくして、やけに動画の再生が途中で止まったり、回線速度が低下しているのか映像が歪んだりするようになった。
普段はそんな事もなく、快適に見ることが出来ていた。
私は少し苛つきながら、スマホを無駄に振ったりしていた。
しかし、動画は音声と共にピタリと止まってしまった。
私はスマホを再起動しようと電源ボタンに指を触れた。

その時、部屋の方からカリカリカリという壁を爪で引っ掻くような音と、足音のようなものが聞こえてきた。
当時、私は一人暮らしで恋人もおらず、両親にも合鍵などは渡していない。
玄関ドアの音もさせずに入ってきた侵入者。
とっさに思い浮かんだのは、“強盗”だった。
私はパニックになった。
何しろこちらは入浴中で全裸。
対抗出来る武器などない。
音は部屋の方からずっと聞こえる。
脱衣所に入ってくる様子はなかったが、いつまでも風呂に浸かっていられない。

私は警察に電話をかけた。
声でバレたら乗り込んでくるかもしれない。
私の心臓は張り裂けそうなほどドキドキしていた。

電話の向こうで呼出音が聞こえた。

……トゥルルル……

……トゥルルル……

……プツッ……ツーツーツー

呼出音が途切れた。
画面を見ると圏外と表示されていた。

(嘘だろ!)

心の中で叫び、もう一度かけたが呼出音すら鳴らなかった。


聞こえていた足音が止まった。
同時にスマホのスピーカーから唸り声のようなものが聞こえ、焦った私はスマホを湯の中に落としてしまった。
スマホはすぐに拾い上げたおかげで無事で、唸り声ももう聞こえなかった。

周囲の音はなくなり、私は音を立てないようにゆっくりと風呂を上がりパンツ一丁で脱衣所のドアを少しだけ開けた。
そこからこっそりと覗いてみると、部屋には誰もいなかった。
ただ、不自然なものが目に入った。
それは床にいくつも出来た小さな水溜り。
玄関から足跡のように続き、部屋を一周するように滴り、そのままベランダに続いていた。
まるで突然の雨でびしょ濡れになったまま、部屋の中を歩き回ったようだった。

けれど、その日は終日天気も良くて雨など降ってはいなかった。
それに玄関のドアもベランダのガラス戸もしっかりと施錠されていた。

本当に訳の分からない日だった。


しかし、その翌日バイト先の店長からある事を聞かされた。

それは先輩が亡くなったということだった。
それもビルの屋上から飛び降りて。

それを聞いた時、私は目の前が真っ白になった。
先輩が亡くなったのは大雨が降ったあの日。
体調不良で欠勤だと店長は言っていたが、本当は無断欠勤の上に音信不通だったそうだ。
私があの日、先輩にメッセージを送って既読がついたあの時、先輩がどういう状況にいたのか。
それを考えると胸が痛くなった。


私は思った。
あの入浴中に部屋に来た誰かは、亡くなった先輩だったんじゃないかって
寂しがり屋な先輩が、私を連れに来たんじゃないかって。


けれど、それから不思議なことは起こらず、先輩が来ることはなかった。


よかったらサポートお願いします(>▽<*) よろしくお願いします(´ω`*)