見出し画像

生垣の小道

近所にあるお寺に向かう坂の途中にブロック塀に囲まれた家々が並んでいたが、その中に一軒だけ生垣に囲まれた民家があった。
その生垣と隣の家の塀との間には、子供が通れるぐらいの小道があった。
生垣の家は古くて住人の姿を一度も見た事がなかった。
そのせいなのか生垣の葉は長く手入れされておらず、葉が不揃いに伸びていた。
当時、僕は学校帰りによくその前の道を通っていた。
生垣の小道の向こうには、空き地らしき砂利と塀と祠のようなものがあるようで、僕はとても気になっていた。
けれど、その入口には立ち入り禁止の紙とロープが張られ、そこを通り抜けることは出来なかった。

僕は祠に繋がる他の道を探したが、周囲は塀と家に囲まれていて生垣の小道以外に入れそうなところはなかった。

小道の先がどうなっているのか。
ある時、学校でその話をしたら同じく気になっている子がいて、帰りに寄ってみようということになった。

集まったのは、同じクラスのアキト君とキョウコちゃん。
ランドセルを背負ったまま、祠の前の小道にやってきた。
運がいいのか悪いのか、お寺に続く道には僕ら以外に誰もいなかった。
両隣の家も、留守のようで人の気配はなかった。
小道の入口には、相変わらず立ち入り禁止と書かれた紙とロープが張られ、その奥にある祠を眺めているとまだ日が出ているというのに小道は薄暗くて、そこから冷たい風が吹いてきた。

行ってみよう!

アキトくんがそう言うと、先にロープの下を潜った。
突然、祠の方を見ていたキョウコちゃんが怖いから私は行かない。
と言い出した。
仕方なく、キョウコちゃんには僕らのランドセルを見張る係になってもらい、僕も立ち入り禁止のロープを潜って中に入った。

生垣と塀の間は思った以上に狭かった。
アキト君を先頭に、地面を擦りながらゆっくり前に進む。
生垣の葉が腕を掠り、時々顔にも被さった。
生垣の葉の隙間から庭や家が見えた。
大人に見つかったら叱られる。
僕の心臓はドキドキしていた。

そろそろ向こう側に通り抜けられてもおかしくない。
それほど歩いたつもりだった。
なのに、いつまで経っても生垣の小道を通り抜けられない。
家の位置も、変わっていないように感じた。
アキト君もその違和感に気づいているのか、時々足を止めていた。
まだつかないの?
そう尋ねると、アキト君は怪訝な顔で僕を見た。

変だ。さっきから、あの祠に近づいている感じがしない。

そう言って、僕に祠を見せようとブロック塀に体を寄せた。
視線の先にある祠は、入口で見た時とそう変わらない。
振り返ると、心配そうにこちらを見ているキョウコちゃんがいる。
アキト君はまた歩きだし、僕もそれに続いた。
太陽が雲に隠れ、祠の場所も生垣の小道もさらに暗くなって、僕の中の恐怖心がさらに強まった。

突然、アキト君が「痛い!」と叫んだ。

「どうしたの?」

戸惑う僕の前で、アキト君は「痛い!痛い!痛い!痛い!!」

そう叫びながら体勢を崩した。
すると、アキト君の腕に変なものが見えた。
それは、真っ赤な爪の青紫色に腐った腕。
生垣の向こう側から伸びるようにして、アキト君の腕を掴んでいた。
赤い爪は鋭くて、肉に食いこんでいるようだった。

「腕が折れる! 助けてくれ! 痛い!!」

僕はアキト君の腕に掴んだ青紫色の手に触れた。
それはとても冷たくて、思わず手を引っ込めてしまった。
なおも痛がるアキト君。

僕は「離してください!」と叫びながら生垣を掻き分けた。

けれど、生垣の向こうに人の姿はなく、まるで生垣から生えるように青紫色の腕だけが伸びていた。
隣で痛がるアキト君を見ながら、
「ごめんなさい。もう入らないから許してください」
と、僕は泣きそうになりながら唱えた。

すると、祠の方から鈴の音がした。
その音に反応して、アキト君の腕にしがみついた青紫色の腕が一瞬手を離した。
慌てたアキト君は、僕を押し倒して生垣の小道から飛び出した。

僕が起き上がった時、生垣からは腕の形をした黒い影がまるで水槽の中の百草のようにいくつも揺らめいていた。
僕は四つん這いになりながら逃げた。

痛みで顔を歪めているアキト君。
その腕は赤く爛れていた。
けれど、キョウコちゃんの目にはあの腕はおろか、アキト君の悲鳴すら聞こえなかったという。
キョウコちゃんの目には、僕らはずっと小道の途中で立ち止まっていたらしい。
声をかけても反応しなかったそうだ。

にわかには信じがたい状況。
僕とアキト君はしばし呆然としていた。

その時、キョウコちゃんが僕らの足を見て驚いた。
見ると、僕とアキト君の足には掴まれたような指の痕が無数についていた。
僕らは怖くなって、すぐにそこから立ち去った。

その痕はしばらく残っていて、みんなからは気味悪がられた。

それ以来、立ち入り禁止のあの生垣の小道に入ることはなかった。

よかったらサポートお願いします(>▽<*) よろしくお願いします(´ω`*)