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脳が柔らかすぎるひと 好きなひとたち①

むっちゃんという人がいる。彼女とはお互いの実家が斜向かいにあって、小学校と中学校と大学が同じだった。小学校と中学校のときは一緒に学校に行った。どちらの学校も、行くには私の家を出てむっちゃんの家を通って行くのが最短ルートだったが、むっちゃんは毎朝学校から少し遠ざかって、家を出るのが遅い私を迎えに来てくれていた。

中高生の頃のむっちゃんの好きなエピソードが2つある。
・高校デビューの差分を増やすために、中学の時はわざとダサくしていてビフォーアフターの写真を実家の襖の前で撮った
・高校生の頃に背の高さを気にして、新しくできた彼氏の背を越えないようにとせっかく高校デビューのために買ったHARUTAのハイヒールローファー(高価)のヒールをノコギリで切った
むっちゃんと私は高校が違ったが、数ヶ月に1度、最寄り駅のミスタードーナツで落ち合うことにしていて、こういう可愛いエピソードをたくさん聞かせてくれた。

私たちの関係が複雑になるのは大学とその学部が偶然同じになってからだ。中学生ぶりにむっちゃんといっしょに過ごす時間が長くなった。もちろん好きで楽しいから一緒にいたのだけれど、大学に入学した私はとにかくチヤホヤされたかったので、むっちゃんを利用した部分が少しある。むっちゃんは黒髪のツヤツヤストレートに涼しげな目元の世に言う美人だったのに対して、私は茶髪の巻き髪で可愛い顔をしていたので(自分で言いますよ)、ふたりで新歓に行って「幼馴染です」と言うととてもウケがよかった。そうやって同じコミュニティで過ごすうちに、むっちゃんにコンプレックスを抱くようになった。私のほうが楽しい大学生でありたいと思っていた。むっちゃんも同じように思っていることも伝わってきた。

江國香織のホリー・ガーデンという小説に、果歩と静枝というふたりの登場人物が出てくる。

<ストーリー>
果歩と静枝は高校までずっと同じ女子校だった。ふと気づくといつも一緒だった。お互いを知りすぎてもいた。30歳目前のいまでも、二人の友情に変わりはない。傷が癒えない果歩の失恋に静枝は心を痛め、静枝の不倫に果歩はどこか釈然としない。まるで自分のことのように。果歩を無邪気に慕う中野くんも輪に加わり、二人の関係にも緩やかな変化が兆しはじめる……。心洗われる長編小説。

果歩は愛らしく魅力的で自由に生きているように見え、静枝は美しく真面目で正しそうなことを言う。当時、共通の友人に、私が果歩、むっちゃんが静枝に似ていると言われた。見た目のベクトルはたしかに近かったが、私たち二人の間では、中身は逆かもねと話していた。むっちゃんは「世の中はこう」という社会通念に囚われない。余計な情報を考慮せずに、自分の中にあることだけですべての答えを出すのだ。私は社会通念を知った上で無視する努力をするので、どうしても誰かが決めた正しさに引きずられる、もしくは反発する部分がある。近くでむっちゃんを見ながら、私もこんな風に自由に柔軟に生きてみたいと思っていた。羨ましかった。

そして今も、むっちゃんは社会通念を無効化し続けている。そんなことができる人間はあまりいない。つまりそれは、柔軟すぎる脳を持っているということだ。そのおかげで、私はむっちゃんに何でも話せる。多くの人から怒られるような倫理に欠けた話も、即逮捕されるような違法な出来事も(もしあればの話だ)、逆に話題性のない取るに足らない日常も、なんでも話せる。本当にありがたい。それって人を救うし、希望と呼んでも差し支えないと思う。
柔らかすぎる脳、万歳だ。

去年の秋に海で花火をしながらむっちゃんと食べたホールケーキ(強風により砂まみれ)


※むっちゃんには記事の作成と掲載の許可をもらった。

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