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いつだって氷上で輝いていた君は

あたりを包み込む暗闇。しんと静まる会場。それでいてその空気は高揚感に満ちていた。

──次だ。
心臓の高鳴る音が聞こえる。この手の冷たさは、ひんやりとした会場の気温だけのせいではないだろう。

やがて影となって現れた、ひとつのシルエット。
ずっと、ずっとこの瞬間を待っていた。
流れ出したのは「Great Spirit」。私たちがその演技に飲み込まれるのに、そう時間はかからなかった。

その演者こそが宇野昌磨選手。私が最初に夢中になり、今でも一番に推しているスケーターだ。



母親が無類のスケオタ(スケートオタク)だから、昔からフィギュアへの馴染みは深かった。

彼の存在を知ったのは、あの羽生結弦選手が金メダルを勝ちとったソチ五輪の直後だった。ちょうどジュニアからシニアに上がりたての頃だった彼。思い返すと、なんだか可愛らしい子が出てきたなあという第一印象だったように思う。(なお年上)

小さめの身長にあどけなさの残る顔。試合後のインタビューも、今とは比べものにならないくらい頼りなくて。そこが逆に目が離せないところだった。気がついたときには、テレビで流れている試合も必ず見るようになっていた。

頼りないだなんて言ったけれど、彼の滑りはその正反対とすら言える。
美しくもパワフルなスケーティング。得意のクリムキンイーグルは、その身体能力の高さを伺わせる。羽生選手とはまた違った魅力がそこにはあった。


そして、忘れもしない平昌五輪。
羽生選手と並んで金と銀のメダルを煌めかせていた姿を、昨日のことのように覚えている。羽生選手やハビエルとの絡みも微笑ましくて、流れてきた画像を手当たり次第に保存しまくったものだ。


その頃にはすっかり有名人になって、会見中に居眠りしてしまう姿なんかが可愛いと話題になっていた。それでもインタビューの受け答えは数年前に比べてずいぶんと立派になっていて、笑えるものから心に響くものまで、たくさんの名言(時に迷言)が彼から生まれた。

「皆さん特別な感情や物語があると思うんですが、僕にとってオリンピックはただ、1つの試合。」

数ある名言の中でも、特に彼らしさが溢れている言葉がこちら。オリンピックだろうが地方の試合だろうが、どれも1つの試合として同等に淡々とこなしていく。この冷静な考え方は、いい意味でマイペースな彼だからこそできるのだろう。


そしてその年の春、私はついに人生初のアイスショーを見に行くことになった。その日は宇野選手、そしてもう一人の推しである本田真凜選手も出演することになっていた。だからこそ行くことにしたのだけれど。

何日も前からドキドキが止まらなかった。推したちの生の姿が見られる。テレビで何度も魅せられた人たちの演技が見られる。
前日の夜に、プレゼントボックスに入れるためのメッセージカードを書いた。便箋に手紙を書こうかとも考えたのだけれど、なんだか気が引けてしまってそこまではできなかった。ウブか。

ショーが始まってからは目が釘付けになった。
推しとか推しじゃないとか関係ない。フィギュアスケートってなんて美しいんだ、なんて楽しい世界なんだと胸を震わせた。

そこで宇野選手が滑ったのが「Great Spirit」。今シーズンはショートプログラムとして滑っているけれど、その当時はエキシビションの前段階、オフシーズンのアイスショーで披露され始めた頃だった。

民族衣装仕立ての衣装を身にまとい、顔にも個性的なメイクが施されている。
それまでのものとは打って変わって、EDMを用いたプログラム。その緩急ある動きに完全にやられた。沼にはとっくにはまっていたけれど、一気に頭までどっぷり浸かってしまったような感覚。

今現在の振付ではかなり省略されているけれど、途中腕を激しく振り上げる動作がある。彼はよりにもよって私のすぐ目の前でそれをやってくれた。これで堕ちない人間がいるだろうか、いや、いない。

(探したら出てきてくれた!!これが当時のGreat Spirit)


それからは何度かアイスショーや地方の試合に足を運んだ。羽生選手が実在するのもこの目で確かめた。けれどあの日以降、私は推しの姿を生で見ることができていない。

そんな折にやってきたコロナ禍。アイスショーはもちろん次々と中止になった。オフシーズンが本当のオフシーズンになってしまい、選手たちも私たちもなかなか辛い日々を過ごしたと思う。

やがて、長い自粛期間の後に開かれた全日本選手権。ようやく、ようやくみんなの滑りが見られる。しかも今シーズンは羽生選手の出場も決まり、かなり盛り上がっていた。

その時の宇野選手の演技が、私の心を強く揺さぶって離さなかった。

決して完璧な演技というわけではなかった。ジャンプにはミスがあったし、最終的に5連覇の夢は潰えた。それでも、最初から最後まで心底楽しそうに滑っていた彼の表情がどうしても忘れられない。

結果なんて関係なしに、ただひたすら楽しそうなスケーティングを見ているだけで幸せになれる。その時、ああ、この人はそういう選手なんだなと納得がいった。その真っすぐで素直なスケーティングが、私たちを笑顔にしてくれるんだ。



宇野昌磨選手。彼ほどマイペースで魅力的なスケーターは、きっと他にはいない。彼が教えてくれたフィギュアスケートの魅力は数知れず。

いつだって氷上で輝いていた君は、どんなときでも私たちに希望と幸せをもたらしてくれる。
シニアデビューからという浅いファン歴ではあるけれど、ここまで追ってきて本当によかった。そしてこれからも、彼が新たな景色を見せてくれるに違いない。


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