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夢にまで見た、夢なんかじゃない舞台の上で。

日本一の舞台に立っている。55人の仲間と1本の相棒とともに。それはほんの一瞬の、夢のようなひとときだった。

いくつものライトに照らされて、みんなの楽器が、私の楽器がいつにも増して輝いている。その煌めきがこの日だけの高揚感をより掻き立てる。さて、このホールはどう響くんだろう。私たちはどんな風に音楽ができるんだろう。

1年前は誰ひとり立つことが許されなかった大舞台。今年ですらどうなるかわからなかった。けれど一部制約がありながらも、今年はなんとか無事に開催することができた吹奏楽コンクール。苦しい1年だった。今ですらこれまで通りに練習はできなくて、曲が決まったのも県大会の1ヶ月前で。だけど私たちはここにいる。この国一番の舞台に。


〇〇代表、と影アナが入る。そうか、私たちは代表なのか。

1年前、何もできないまま引退していった先輩たちに、高校最後の思い出が消えてしまってもここに来てくれた後輩たちに思いを馳せる。私たちはちゃんと戻ってきました。あなたたちの無念を、だなんて図々しいかもしれないけれど、私はここで2年分の音楽を奏でるつもりです。

みんなの視線が指揮者一点に集まる。課題曲が始まる。不思議な緊張感だった。頭はどこか冷静なのに、吹きこむ息は震えていた。この数ヶ月の間にどんどん書き込みが増えていった譜面を追う。メモが目に入るたびに、その日の合奏の風景が走馬灯みたいに目に浮かぶような心地になった。

大丈夫、何度も何度も吹いてきたんだから、いつも通り、いつも通り。

特に練習を重ねてきた不安な箇所もなんとか乗り越えて、次は自由曲へ。たくさんの想いを詰め込んだ大切な曲、この音楽がどれだけの人に届くだろう。

ここは宇宙で、私たちはこの大きな星の表現者。壮大で、繊細で、眩い光と深い闇に目がくらみそうな曲。私はこの曲が本当に好きだ。そしてここは、この曲を奏でられる最後で最高の舞台だ──そこからのことは、実はあまり覚えていない。

全員で鳴らす最後の四分音符が会場に響いた瞬間、食い気味の拍手が私たちを包み込んだ。夢から覚めた。立ち上がって会場を見渡すと、声がなくても、マスク越しでも観客の思いが伝わってくるような気がした。私たちの心は、届いたんだ。


いまだに夢見心地のような足取りでステージを後にする。そこから写真撮影と片付けを済ませるまではあっという間だった。Twitterで大学名を入れて検索してみると、たくさんの人たちが細かいところまで私たちの演奏を聴いてくれて、言葉の限りを尽くして褒め称えてくれていることがわかった。(今年は配信があったので、リアルタイムで観客の声が聞けるというメリットが。)

でも、何よりも嬉しかったのがこの言葉。

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高校時代に一時期バスクラを教えてもらったことがある先輩の一言。半分身内みたいなものだけれど、身内だからこそ嬉しかった。かつて私の音を聞いてくれた人が、こうして成長を感じてくれるだなんて。胸がいっぱいになって、しばらく何も言葉が出てこなかった。

音の美しさにこだわるせいで音量が足りないというのは、昔からの課題だった。だからこの夏は、高校時代から積み上げてきたものを全部取っ払った奏法を目指すことにした。できるだけバスクラらしい音が響くように。まだ完成はしていないけれど、私の密かな頑張りを認めてくれた人がいるだけで報われたような気持ちになる。

嬉しいとかよかったとか、そんな月並みな言葉では表現しきれない。今でもこの感情を表す言葉が見つからない。とにかく思うことは、今日まで楽器を続けてきて私は幸せだ、ということ。

私の吹奏楽人生の中でも、大きな意味がある本番だった。この日のことは忘れない、忘れたくない。だからこそこうして文章を書いている。夢のような時間、だけどあれは夢じゃなかった。


出発直前に応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました。おかげさまでここ最近ではいい賞をいただくことができました。これからも楽しく音楽を続けていきます。


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