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この家族を愛そうと思います

私の場合、義実家ガチャは当たりを引いたんだと思う。

基本的に放任主義、だけど必要なときには必要なだけ力を貸してくれる人たち。盆暮れ正月に帰ってこいとは言わないし、連絡は常に夫を介してくれるし、田舎の古い家なのに「家制度」へのこだわりも全くない。自称サバサバ系女子が実はネチネチだった、みたいなよくある例ではなく、本当にさらりとしている。

何よりもありがたいのは、私が夫とともに義実家を訪れるとき、変にお客様扱いをしないところだ。義両親も義祖父母も、それこそ息子である夫に接するように、いたって自然体でいてくれる。


この夏、私たち夫婦はさながら避暑地のように義実家にお邪魔しまくった。私たちの住まいからは1時間足らずで義実家に着く。標高が上がるにつれて、車の温度計が示す気温がみるみる低くなっていく。ここは本当に同じ日本か!と冗談を言い合っているうちに、あたり一面に田んぼの稲が広がる義実家へ到着。車を降りると、住まいの街からは想像できないほどの過ごしやすい空気が肌を撫でる。

「今日は焼肉じゃけえ」
出迎えてくれたお義母さんがぱたぱたと立ち回りながら言った。この家の人たちはいつだって、やあおかえり、あら帰ってきとったん、ぐらいの調子である。この日の焼肉の予定も、偶然私たちの訪問と重なっただけのことだった。

図らずもタダ飯(しかも焼肉、いわゆるバーベキュー)をご馳走になることになったこの日。義両親と私たち夫婦は庭先で、夏の高校野球を見守りながら肉や野菜たちをつついた。採れたてのシャインマスカットを添えて。
山の日の入りは早く、夏の終わりの風が吹きはじめていた。

さてこういうとき、本来嫁たるものはもっと気を利かせて肉を焼いたり取り分けたりと忙しく立ち働くべきなのだろう。……なんて考えているうちに、私以外のメンバーが手際よく肉を並べてはひっくり返し、ぼんやりしている私の皿には次々と肉が盛られていく。常に動いていないと気が済まない人たち(お義母さんと夫)が揃っているので、トロい私の出る幕などなかったのだ。

気がつけばすっかり日が暮れて、玄関の明かりがないと手元が見えづらくなり、私たちは明かりが消えるたびに人感センサーの前で変な踊りを踊った。肉を食べながら、取り留めのない会話が暗がりを満たしていく。本当にここは巷で言う義実家なるものなのだろうか、と何度も心の隅で不思議に思ったけれど、そんなこと関係なく楽しいものは楽しかった。


どうやら私は、この家で気を抜きすぎているらしい。いいことなのかよくないことなのかはわからない。ひとまずこの家だと私は昼寝(爆睡)ができるし、お義母さんたちとテレビを見て笑ったり好きな本の話をしたりできるし、普段通りに過ごさせてくれるこの家が心地いいな、と感じつつある。

私たちの結婚には、大なり小なり何かと弊害があった。他の人より背負うべきものはひょっとしたら多いかもしれないし、悩ましい問題だって今もないわけじゃない(結婚とは往々にしてそういうものだろうけれど)。
だけどここに来ると、私は束の間ほっとする。義家族の愚痴の方が頻繁に飛び交う世の中で、それはとても、恵まれたことなのだろうと思う。

次に義実家へ向かうのは稲刈りの日。お米にも義実家にも大変お世話になっているので、精一杯お手伝いするつもりだ。


↓田植えの日記

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皐月まう
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