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「鬼滅の刃 遊郭編」で「性差(ジェンダー)の日本史展」で見た『美人(花魁)』の油彩画を思い出した

 昨年の11月、ちょうど、アニメ「鬼滅の刃」が大ブームになっていた頃だが、国立歴史民族学博物館の企画展『性差(ジェンダー)の日本史』を見てきた。コロナのため、感染防止対策も徹底していて入場者も制限されていて、予約制であった。しかし、行ってみてわかったのだが、この企画展が一番混んでいた。入場制限していない常設展は、ガラガラだった。

 「鬼滅の刃~遊郭編」がアニメ化されることになり、遊郭についてもまた話題になっている。わたしは、「鬼滅の刃」の主人公のキャラクターの着物の柄合わせから、不穏なものを感じていたので、このようなザワツキは想定内であった。むしろ、国民的人気アニメといわれるようになった「鬼滅の刃」が、遊郭をどう描くのか興味深々ではある。
 このアニメは、鬼退治の話だが、遊郭には、それこそ恐ろしい鬼がいっぱいいそうだ。あのお堅い国立歴史民俗博物館の展示の中にだって、鬼の痕跡が残っていた気がする。もちろん、わたしの勝手な解釈と想像だが。

「性差(ジェンダー)の日本史展」のなかでも、特に注目されたのが、「性の売買と社会」の展示であった。

 「第6章 性の売買と社会」
職業としての売春が未成立であった古代社会を経て、中世には、芸能と売春を家業とする遊女の家が成立。近世には、人身売買による売春を幕府が公認する体制が作られ、全国の津々浦々に買売春が広がる、それは、近代にどのような影響を及ぼしていったのか。

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 重要文化財 高橋由一画「美人(花(おい)魁(らん))」
  油彩  1872(明治5)年 東京藝術大学蔵

この絵は、パンフレットなどにも記載され、「性の売買と社会」のコーナーの象徴的な展示物となった。しかし、この絵の説明文はとても興味深い。

新吉原遊廓 稲本屋の遊女・小稲の肖像画。近代洋画の創始者高橋由一のモデルになった小稲は、完成したこの絵をみて泣いて怒ったと伝えられる。稲本屋抱え遊女のトップとして、店と自身の宣伝に努めてきた小稲には、リアルを追求する絵が、自らの努力を台無しにするものに見えたであろう。

「あちきの顔は、こんなんじゃあ、ありんせん」
たぶん、小稲ねえさん、そう言って抗議したと思う。これでは、題にいくら「美人」といれたって、ご本人は泣くと思う。
比べるのもなんだが、クリストファー・アローリは、あんなに美しく娼婦を描いたというのに。まあ、恋愛感情(下心)があったからなのだろうけど。
この絵の作者の高橋由一には、その種の感情は一切ないことが見てとれる。

しかし、だからこそ、よく見ると、この絵の持つ意味は深い気がする。
花魁と言えば、遊郭のスターであるが、あえてこういうふうに描くことで、
環境の残酷さからくる内面の苦しみを表現したのだろうかと考えてしまうのだ。そして、この絵の顔は女のようにも見え、男のようにも見えるのである。遊郭は女を性奴隷として扱っていたが、そこにくる男は誰の奴隷だったのだろうか。そこに、明治時代の残酷さが、見えはしないだろうか。

さて、では、2021年のアニメ「鬼滅の刃~遊郭編」では、娼婦や花魁は、遊郭に棲む鬼は、どのように描かれるのだろうか。



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