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鬱と診断された日。

 今の思いを綴っていこうと思う。

私は今日、鬱と診断された。驚きはなかった。物心ついた時から、自分は人より心が弱いのかもしれないと薄々感じていたからだ。

 学生時代の恥ずかしい話だが、一緒に住む家族に精神病者がいたり、学校でいじめや恋人に裏切られたりしたため居場所がなく、引きこもった時期や夜遊びを繰り返した時期もあり、消えてしまいたいと常々思っていた。自分がいなくなればすべて解決するとさえ思っていた。今思えば私一人の命が無くなったところで物事は解決したりしないと思うのだけれど。

両親はその行動を、思春期の一時的なものだと考え、病院に行かせるという選択肢を持っていなかった。その生きづらさは今でも抱えている。

 ただ、その生きづらさを人のせいにしていても仕方がないと考えるようになった、大学生のころ。自己啓発や性格診断にハマる。そんな本ばかり読んでいると、自分も強くなれたような気がした。あの頃の、ずっと死にたかった自分ではないと思えた。もしかしたら違う自分に生まれ変われるのではないか?そう思って、苦手であった人とのコミュニケーションも進んでとるようになった。

 社会人になり、「私は接客が向いている」と思うようになった。接客や営業の仕事が楽しかったと思う気持ちに嘘偽りはない。だが度を越して尽くしてしまうことがあり、帰ってきてすぐにベッドに入ることが続いた。食欲も減退し毎回衰弱し退職した。

そんなことがあっても病院に行くという選択肢は取ってこなかった。まだ頑張れるかもしれないという希望を持っていたかったから。もし心の病気だと診断されてしまったら、社会復帰できないかも。そんな思いがあった。

でも、今現在は実家から離れて暮らしており、頼る人もいない中、体調がおかしくなってしまった。しんどい気持ちを誰にも吐き出せないまま毎日が過ぎていった。案の定仕事に行こうとすると涙が止まらなかった。誰かに話を聞いてもらわなきゃ死ぬかもしれない。初めてそう思った。

 そして病院。おそるおそるドアを開けると、そこには体操のおにいさんのように、ニコニコした男性医師がいた。涙で前がむけず、うまく話せないのにも関わらず親身に話を聞いてくれた。

「鬱ですね。」
やっぱり、そんな言葉が自分の頭に浮かび上がった。
それと同時に、どこかほっとしている自分がいた。もちろん、病気だということに甘えるつもりはないが、自分のずっと感じてきた生きづらさに名前を付けてもらえた気がした。思春期に死にたい衝動に駆られても、病名がないから学校に行かなくちゃいけない。ずっと強迫観念のようなものを持っていた私にとって、ずっと欲しかった言葉なのかもしれない。

 これからどう生きていこうか。
まずは自分と向き合うこと。希死念慮に寄り添ってあげること、が最優先だと思う。幸いなことに、セーフティネットとして、最悪仕事がなかったら働かせてくれるという個人事業主の友人がいる。私の症状に理解のある恋人もいる。半分呆れられているが心配してくれる親がいる。そして家がある。まだ生きていけるだけのお金もある。食べ物もある。

 時間は有限だが、少しでも自分にあった働き方、もしくは生き方はどんなものだろうか、何が負担なく笑って過ごせるか、考えることができる。死にたくなってもしょうがない、鬱なのだからと、世間一般的には良くないかもしれないが、私からすれば安心して考えられるのかもしれない。

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