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【童話】あべこべ授業参観

☆小学校3年生くらいまでを読者対象に想定した童話です。私自身が子供の頃に感じたことをモチーフにして書いてみました。(イラストは娘が小学生のときに描いたお気に入りの水彩画をあわせてみました。)


あべこべ授業参観 


 二時間目、国語の授業の前の休み時間になると、お父さん、お母さんたちが3年3組の教室に集まってきた。チャイムが鳴って席についてからも、こどもたちは後ろが気になって、ざわついている。今日はかっちゃんが通っているうずまき小学校の授業参観だ。かっちゃんもお母さんとお父さんが来ているのを見てうれしかったけれど、お父さんがこちらに手をふったのに気づくと、すました顔で前を向いた。

担任の山川先生が教室に入ってきてホワイトボードの前に立つと、大きな声で言った。 

「今日の授業参観では、お父さんとお母さんに一人ずつ発表をしてもらいます」 

子どもたちがえーっと言って、教室がいっせいにざわざわとした。おーい、みんな、しずかにしろーっと山川先生が言った。 

「お父さんとお母さんは、子どものころ、先生や親におこられたことを一つずつ、みんなに教えてください。今から配る紙に書いてください。10分後に発表してもらいます。その間、子供たちは、漢字練習ノートの20ページから22ページをやること。それでは、始め!」

 山川先生がそう言ってタイマーをピッと押した。お父さん、お母さんたちは教室の後ろのロッカーの上に紙を置いて、にらめっこしている。何人かはすらすらと書き始めた。こどもたちは、ちらちらと後ろをふり返っては、くすくす笑っている。かっちゃんも後ろが気になって、何度もお母さんとお父さんをぬすみ見た。お母さんは首をかしげ固まっている。お父さんはよゆうの表情で何かをすらすら書いているようだ。 

「お父さん、きっといたずらばかりしていつもおこられていたんだな」 

そう思って、かっちゃんはくすっと笑った。

大人と子供がカリカリとえんぴつで書く音がしずかな教室にひびいた。山川先生のタイマーがピピピピと鳴った。ため息をついたり、あーあと言う大人たちの声が後ろから聞こえた。 

「はい、10分です。みなさん、書けましたか?」

山川先生が高らかに言った。

 「それでは、お父さんお母さんに発表してもらいます。全員発表が終わったら、子どものみなさんは一番悪い子だと思う人を一人選んでください。最後に投票で『悪い子一等賞』を決めますからね。では、トップバッターはゆうじ君のお父さん、どうぞ!」 

「悪い子一等賞だって?なんだそれー、へんなのー!」

 子どもたちがさわぎ出した。大人たちもひそひそと話している。山川先生は両手をパンパンパンとたたいて右手の人差しゆびを口に当て言った。教室がしずかになった。 

「はい、みなさん、せいしゅくに。では、ゆうじ君のお父さん、始めてください。そこから右へ順番に発表をどうぞ」

 ゆうじ君のお父さんがエヘンとせきばらいをして発表を始めた。

 「えーっと。小学生のとき、私は忘れ物が多くて、よく怒られました。月曜日のせいけつ検査のときに、ハンカチとティッシュを忘れてしまって…。せいけつ係の女の子にも注意されたなあ」

 子どもたちが笑った。忘れんぼ!ぼくもだ!と、だれかが大きな声で言った。 

「ねる前に用意すればいいのよ。ランドセルにいれておくのよ」 

せいけつ係で学級委員のあやかちゃんが言った。 

「そのとおり。だけど、いつも忘れちゃうんだよなあ。忘れないってむずかしいなあ」 

また笑い声が起きた。次はゆうじ君のお母さんだ。 

「私は牛乳がきらいで全部飲めなくて。いつも給食が終わっても居のこりで、昼休みに遊べないことが多かったわ」

 「それはひどい、飲めないものはしかたがないのに」 

「アレルギーの人だっているのにね」 

女子たちが同情して、うなずきあっている。 次はヒカル君ちだ。ヒカル君のお父さんとお母さんはちょっとこわそうで有名な二人だ。金色のかみの毛とヒョウ柄のシャツや、龍がせなかに書いてあるジャンパーなんかをいつも着ている。ヒカル君のお父さんがケロッとして言った。

 「おれか?おれは、中学生のときにバイクに乗って怒られたなあ」 

「あら、アンタ、警察に連れてかれた?私はね、夜、ゲーセンで先生に見つかって追い返されたわよ」 

やっぱり、この二人は『ヤンキー』っていうのだったんだ。かっちゃんはテレビで見たことを思い出した。山川先生をちらっと見ると、目をぱちぱちしながらウンウンとうなずいている。ほかの大人たちもむずかしい顔をしてだまっている。 次はかっちゃんのお父さん、お母さんだ。かっちゃんはどきどきした。 

「ぼくは中学生の頃、よく早弁して怒られました。野球部で朝から練習していたから、いつもお昼の時間より前におなかが空いてしまって、お昼ごはんの時間までお弁当を待てなかったんだよね」 

クスクスと大人たちから笑い声がした。お父さんにつづいて、お母さんが言った。 

「私は中学生のとき、そうじの時間に担任の先生を教室に閉じこめて、みんなでにげておこられました。だって、ちゃんとやっているのに先生があんまり口うるさいので、うるさいなあー、今やってるでしょ!って、頭にきて。あ、女子校だったのよ。だから全員女子で、そのおじさん先生をとじこめてにげちゃったの、あはは。後で、しょくいん室でめっちゃおこられたわよ」 

みんながどっと笑った。

 「なにそれ、女子なのに?先生を閉じこめるって、しんじらんない!」

 クラスの女子たちがはしゃいだ。かっちゃんはびっくりした。お母さんが中学生のときにそんなことをしていたなんて。いつもぼくにようちだとかなんとか、やかましく注意するくせに、自分だってようちな小学生みたいじゃないかとかっちゃんは思った。 次はリカちゃんのお父さん、お母さんだ。リカちゃんのお父さんとおじいちゃんはお医者さんで、大きな病院を経営している家だ。二人ともきちんとしたスーツを着て、この中で一番いげんがあるように見えた。リカちゃんのお母さんがしずかに話しはじめた。 

「私は、小学5年生のときのある朝、遅刻しておこられました。おばあさんの落とし物を一緒に探してあげていたのですが、先生は理由を聞いてくれませんでした。だから、そのまま言いそびれてしまって…。あのときは、とても悲しかったですね」 

「それは先生も悪いよね。良いことしたのに、しかられてかわいそう」

 そうよ、そうよと女子たちが口をとがらせた。リカちゃんのお母さんが、みなさん、ありがとうと小さな声で言ってほほ笑んだ。今度はお父さんだ。 

「中学三年生の英語のテストで、カンニングをしておこられたことがあります。絶対に一番を取らないといけなかったから、つい、こわくなってしまって。私の両親はとてもきびしくて、いつもテストで100点、学校で一番を取らないとおこられたのです。でも、本当は、そんなのまちがっているよね。だから、私はリカには絶対に同じ思いをさせたくないと思う。中学生になっても、テストで100点でなくても、一番でなくてもいいんだよって言ってあげたい」

 お父さんはそう言うとリカちゃんの方を見つめた。リカちゃんは泣きそうな顔でじっとお父さんの話を聞いていた。それから、高橋さんのお父さんが発表した。次々順番に回って、大人たち全員の発表が終わると山川先生が言った。

 「はい、これで全員発表しましたね。ありがとうございました」

 子どもたちも前に向き直って、先生のほうを見た。 

「では、今から『悪い子一等賞』を決めたいと思います。子どものみなさん、誰が一番悪い子だと思いますか?」 

山川先生が聞いた。 

「そりゃ、うちのおやじでしょ。バイクだよ、バイク。中学生のくせに、ふつう乗るかっての!」

 ヒカル君が大きな声で言った。ヒカル君のお父さんが少しさびしげな顔で言った。 

「だけどさ、ウチにはおやじがいなかったから、おふくろは夜、働いていてな。毎日家に一人でいたくなかったんだよ。まあ、バイクはよくないけれどな」 

「あたしも。遅くまで両親が帰ってこなかったから、一人ぼっちはさびしかったな」 

ヒカル君のママもつぶやくように言った。一呼吸おいてから、山川先生が言った。 

「それじゃあ、こどものみなさん、紙に書いて投票してください」

 子どもたちはえんぴつをにぎったまま、止まってしまった。しーんとしずまり返った教室の中、高橋さんが口火を切った。 

「でもさあ、みんな子どもなりの理由があるのよね」 

「おこられたからって、必ずしも『悪い子』ということではないよ」

 「先生や親は、こどもの話をちゃんと聞いてあげればよかったんだよね」

 「この中から、悪い子なんて選べないよ」 

そうだよ、そうだよと、クラスのみんなが口々に言った。だまって聞いていた山川先生が言った。 

「そのとおり、なぜそうなったのか、その原因や理由を考えたり、相手の話を聞くことは大事ですね」

ヒカル君のお父さんがヒカルくんのお母さんとハイタッチした。リカちゃんのお母さんはハンカチを握って涙ぐんで、お父さんはめがねの下の目を細めてうんうんと小さくうなずいている。かっちゃんのお父さんとお母さんはニコニコしてこっちを見ていた。

すると、リカちゃんのお母さんがやさしい声で言った。

 「あの、先生、いいですか?先生のしかられた話を一つ、教えてほしいです」

 「えっ、私ですか?うーん、そうですねえ…」

山川先生は少し考えてから、まじめな顔をしてこう言った。 

「私は、今でも毎日おこられています。先生のおくさんに」

 えーっとこどもたちが大きな声で言った。

 「昨日はズボンのポケットにくつ下を入れたまま洗たくきに入れて、おこられました。それから、トイレの便座を上げっぱなしにして、おこられたなあ」 

「あー、先生。それ、主婦から見ると一番ダメなやつでしょ!先生が一等賞じゃない?」

 かっちゃんのお母さんが先生を指をさして言った。お母さんたちが後ろでにぎやかに笑った。女子たちもそうだよ、先生だらしなーいと言ってひときわ教室がにぎわった。 

「先生が一等賞だと思う人、手をあげて!」 

学級委員のあやかちゃんが言うと、女子全員とお母さんたちがはーいと言っていっせいに手をあげた。山川先生はバツの悪そうな顔をして力なく笑った。 タイミングよく、二時間目の終わりのチャイムが大きな音で鳴った。 

「はい、じゃあ、授業参観はおしまい。ありがとうございました」

 山川先生がそう言うと子どもたちは起立、礼をした。親たちは、教室の後ろのドアからぞろぞろと出て行く。

かっちゃんがふり返ると、後ろでこちらに向かってぶんぶんと手をふっているお母さんが見えた。かっちゃんはワザと知らんぷりしながら、今日の授業参観のことを忘れないようにしようと思った。大人になって、いつか子どもが何か悪いことをして頭にきても、ぼくは子どもの言い分をちゃんと聞いてあげるんだ。そう心にちかった。 


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「あべこべ授業参観」

茉莉花/文 Mame Chang /イラスト (2020年8月執筆) 

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