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松野志部彦
2021年5月5日 11:42
頭上に繁る枝葉が、満月の光で蒼々と煌いている。ちらちらと覗く夜空はまだ夜明けが遠いことを示して、澄みきった紫色を湛えていた。 踏みならされた山道から逸れ、月の燐光を頼りに草葉をかき分けるその男は、やがて木立の先に現れた断崖からの眺望に胸打たれた。眼下には淡く光る森林が雲海のように広がり、男から見て左手、南の方角には、遠い京の町の燈火が星の瞬きのようにちらついている。北の鬱蒼とした山中には、篝火